伊藤正徳氏

この人の著作を読んで、歴史観が変わったのみならず、人生観が変わったかもしれない。

それまでも単純な戦争反対、平和論には賛成していなかったが
明治生まれの曽祖父の云った、資源豊富なアメリカと戦争して勝てるわけがなかったという意見を信じ込んでいた。
伊藤氏の著書を読むと、日本海軍の猛攻にアメリカ海軍は徳俵に片足を乗せるくらいまで追い詰められていたことがわかる。
豊富な資源・巨大な軍事力どころか、新しい花形兵器である航空機を運用するための空母が1隻も活動できなくなっていた時期すらあった。
以前も書いたが、私はアメリカ軍を職業軍人ではなく百姓が雑草・害虫にむかうような戦い方をする軍隊だと嫌っていた。しかし、彼の著作を読んで、強靭で健全な精神力を持った人々だったと少し考えを改めた。

日本国軍は四百人から始まった。その他は藩兵・私兵であった。司馬遼太郎氏が勝安房を幕末ただ一人の日本国民と呼ぶように、その四百人も国民意識、国軍意識をもっていなかった。
徴兵制と靖国神社によって肉体的にも精神的にも国軍を創設し、日清・日露に勝つことで、日本国という意識を国民に広く植え付けることに成功した。余談だが、私は個人としては靖国神社を好いてはいないが、日本人が生まれる基となったという意義は肯定的にみている。
軍閥と政治家は維新後その道を別ったが、興国という目的にむけて協力していった。その努力には敬服する。

「軍閥、その人を得て、一小国を大国に導き、その人を誤って之を失う。そうしてこの盛衰得喪は、同じ日本人の手によって為されたものである。そこに多くの大なる歴史的反省がなければならない。」
軍閥興亡史の一言であるが、至言である。
歴史的反省とは驕り、油断、甘えがどこにあったかを考えることであろう。


ただ
軍人は政治に参画すべきでないという彼の主張は19世紀としては100%正しいであろう。
しかし、20世紀・21世紀の民主主義という国家形態は軍人もまた主権者として政治に参画する義務を負うことになると思う。
どの様な形をつくる必要があるのかは、私はまだ確たる意見をだせていないので申し訳ない。

私は全てのものに長所と短所が存在すると考えている。
だから、平和にも短所を捜すし、民主主義にも短所を捜す。
過去において君主やその代弁者たる政府を攻撃するテロは、市民より為政者・君主一族が対象となった。民主主義政府においてテロの対象は市民全員である。
非戦闘員・プロの戦闘員の区別は民主主義国においてどこまで可能であろうか。女性も老人も主権者であり、戦争遂行の意思と責任を負う。
民主主義の上に存在する戦争という概念は、君主制や封建制下の戦争とは違ってきて当然だと思う。近年戦争がより広範囲に、より悲惨になることをただ非難するのではなく、何故という問いかけをする必要があると思う。
てなことをつらつら考えてる。
虚無や無政府主義に陥らずにすむためには民主主義より立憲君主制のほうが健全かとも考えてみる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本社会で生きるということ

日本社会で生きるということ」阿部謹也著朝日文庫を読む。
山本七平の「空気の研究」は読みはじめでストップしたままなのだが、まずは”世間”から勉強する。
司馬遼太郎は「公」を云い、最近nagoyanさんのところでも取り上げられたが、少し関係するように思う。
世間という感覚と個人を対比させて面白い。個人が生まれる前の古い倫理として世間をとらえているようで、上の世代の感覚とはこんなものかと少しひねくれて読んだ。団塊あたりには耳に入りやすいか。惜しむらく、講演集のため、中途半端な入門編と講演場所に関する話題で終わってしまっている。世間についてはもっと深く知りたいので作者の別の本を読もうと思う。

実は「歴史と文化が日本をただす」と同時に借りて読んだ。
こちらは自国の歴史と文化に基づいた憲法を作ること、大日本帝国憲法の見直しなどを主張する。日本は決して個人が成り立つ前の古い世界じゃないということで、真っ向から対立する内容である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教科書問題の訂正

以前歴史公民教科書を読むというエントリーで、教科書は私の頃と比べて各社良くなってきていると書いたが、東京書籍と帝国書院の社会科地図は悪辣な内容だったとわかる。
詳細は「台湾の声」をご覧あれ。
台湾が一度も中華人民共和国の領土になったことがないことは、教科書作成者たちも承知している。
地図に於いて、大陸は○○省だとか、○○自治区と書かれているが、台湾はただ台湾とのみ書かれている。
今はまだ中華民国台湾省のはずなのだが、台湾省と書くとまずいのだろう。
責任のがれに「中華人民共和国行政区画簡冊1999年版」「中国地図集ほか」とかくところもいやらしい。
こんな2社の教科書はどれも使うべきではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

毒草を食べてみた

趣味と実益を兼ねて植松黎氏の文春新書の本を読む。講談社から出された「毒草の誘惑」はカラー写真とイラストが毒々しく、体験記が見事であった。
本書は植物の数を増やし、歴史的なエピソードや医学・薬学知識を多く入れている。
ここに記載のあるベラドンナアルカロイドは、書かれているように解毒薬・治療薬・麻酔前投薬・麻酔管理薬として、職場できらせたことがない。
前著とは別の本になった観がある。
尤も、臨床獣医師としてはこちらのほうが実用的である。

観葉植物をはじめ、中毒事故はよくある上に、飼主の稟告漏れが多く、症状をみてこちらから誘導尋問的(いきなり毒物などというと、飼主は動物の命より自分のミスをさらけだすのを避けて否定してしまう)にさぐりを入れる必要のあることが多い。専門書では簡単すぎる部分を補う為に、この手の本は見つけ次第買うことにしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ぼくらの「侵略」戦争

ぼくらの「侵略」戦争(洋泉社)を宮崎哲弥編著という言葉に惹かれていま読みすすめています。95年の本なので、現在の状況とは違っていますが、そのあたりも面白いと思っています。

戦後生まれの戦争責任は時々話題になりますが、私は責任ありでいいと思っています。ただ、根拠が歴史的なものでも人道的なものではなく、日本人としての利益を享受するなら不利益も享受すべきだとしています。
この本で宮崎氏は、個人の戦争への関わり方で責任の範囲が決まるとしています。自分の会社がどうだったか、先祖が何をしたか等。間違いじゃないでしょうが、それでは日本人というくくり方ができないように思います。また、あくまで個人の問題に限定されるうえに、責任をはたそうという若い個人の能力・意志に無関係になってしまって、現在の民主主義に合わないように思います。
いつもの隅田らしい乱暴さでお題を書きます。
戦後台湾に移住し、更に日本国籍をとった漢民族系日本人に戦争責任はあるでしょうか?現実問題として、その人の払った税金から、中国の化学兵器処理費用が捻出されています。責任無しというなら、その人は不当に税金を払わされた若しくは不当に流用されたということにならないでしょうか。
これを更に推し進めると、在日外国人が自分の払った税金からの捻出を拒否すると云った場合にはどうなるでしょうか。
先に書いた根拠により、日本国籍を選択した以上、日本に住むという選択をした以上、その人達にも責任をとってもらうということで如何でしょうか。
国籍も住所も決して容易ではないですが、変更可能です。どうしても加害者になるのがいやだというなら変更してもらいましょう。
個人の責任負担の違いは、現在の収入により税金等の負担に違いがでる、また積極的に戦争責任に関わろうという意志のある人はその人の力の及ぶ範囲で負担する(決して商売するということではありません)。ということでいいと思います。18歳を越えた人間はあまり親がどうこう云わない方がいいと思います。

まだ1/4も読んでいません。興趣深い文章が続くので、またこの本については書こうと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

歴史公民教科書を読む

茨木中央図書館で展示されていたので、中学歴史公民教科書を読み比べてみた。
歴史を学ぶ意味は大きく2つあって、一番は受験テクニックとしての歴史であるが、これは必要ない人もいるので、教科書には載せられない。もう一つは自己確立の手段としての歴史である。
教科書の前文として、各社いろいろ書いているが、まともなものは扶桑社と清水書院であった。中には、こんな文章しか書けない人間がどの面さげて歴史学者を名乗るのか不思議に思うものもあった。
歴史を学ぶ意義については司馬遼太郎氏の「二十一世紀に生きる君たちへ」や、伊勢雅臣氏のHP国際的日本人養成講座の編集方針がすばらしい。
中学生の自己確立は、精神的・論理的・倫理的なものだけでなく、社会的なものもある。日本人だけが日本の中学校に通うわけではないが、日本社会に生きるということは同じである。上のものを参考に、そのあたりをとらえて欲しい。
内容は、私の学生時代に比べると各社ずいぶん丁寧に書かれている。清水書院は私が学生だった頃に近い、学説のいろいろあるところは省いた、つながりがないエピソードの羅列で、一番ひどい出来であった。まぁテーマをつくって自分で調べようということを全ての教科書でうたっているので、そのためのとっかかりとして言葉を羅列したとみればいいか。担当教諭がその穴を埋めてゆく必要がある。扶桑社は逆にわかりやすく書くのはいいが、まだ確立されていないことまで載せている。歴史とはそんな単純なものではないことを自分で調べてゆけばいい。
義務教育レベルの教育は、将来自分で興味を持ったときに、自分で必要な資料文献にあたることができる力を身につけることが一番大事だと思う。どこぞやらのHPでは教科書が悪くなってきているとがなりたてているが、実際読んでみて私の中学時代に比べると歴史の教科書は全体的に良くなっていると感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

三國連太郎・沖浦和光対談集「芸能と差別」の深層(人非人より4)

パソコンが壊れて、このblogに用意した下原稿や余所で書いた過去の原稿が全て消えてしまって途方に暮れていたが、書店で見つけた本から人非人シリーズにいいネタをもらった。三國連太郎・沖浦和光著「芸能と差別」の深層(ちくま文庫)2005.5.10.発行を読む。

彼の云うところの「非情さ」の基本は職務に対して誠実であろうとする職業倫理であろう。
三国氏は云う。”仮に一人の解剖医を私が演じるとします。そうするとまず、解剖医の日常性から生まれる生理みたいなものをまず実感として拾得していきます。本を読んだり、現場を見たりして......。無感動に鋸とデバで人間を捌ける非情さは一体どこから生まれるのか、そこのところをトコトン考えます。(中略)ポリバケツの中に心臓を投げ捨て、軽い手さばきで腎臓を取り出していく−そのような老練な解剖医の日常感覚的な、形ではなく、内面の複雑な心理の動きを表現することを忘れてしまうと、薄っぺらなものになってしまう。”

彼が解剖医という職業を根本的に理解していないのは「投げ捨てる」「軽い手さばき」などという言葉にでている。薄っぺらい自惚れしかない。
仕事の成果を投げ捨てる馬鹿がどこの世界にいるか。そんなやっつけ仕事を老練と呼ぶか、普通?
「メスや鋏で手際よく正確に取り出し、バケツに入れる」だと私は思うが。如何なものであろう。
「非情」や後述する「無感動」は私情や遊びで仕事をしていないとすべきである。
以前、獣医師は動物好きにちがいないという飼主の誤解についてふれた。好き嫌いという感情で診察をしては獣医師失格である。この例も同じであろう。

ここに来られた方に、一つ似たような命題を出そう。
獄吏が拷問係として、職務に忠実に、職業倫理として誠実であろうとしたときに、目の前の人間が発する苦痛のうめき声にどう考えるであろうか?
耳を塞ぐという選択は冗談にもならない。耳を塞ぐくらいなら辞職すべきである。
悦ぶ。それは職業上の意味があるか。私情ではないか。
答えは友成純一氏が「新人獣裁判」(大陸書房)で書いていた。私は雑誌連載のときにみたきりだから、正確に書くことは出来ない、答えは図書館や古本屋で捜していただきたい。奇書はすぐに絶版になるので困るが、作家というのは作品のリアルさの為にここまで想像することができるといういい例だと思う。
私の考えは書かないでおこう、安易に書いては皆様の想像をじゃまするだけだ。気持ち悪いだろうが、一度本気で想像していただきたい。

と、ここまではベースとなる倫理について書いた。次にその先にあるものを書く。
「鬼手仏心」という医学用語をこのblogによく書いているが、常人には出来ないことをする職業、修羅や鬼にならねばならぬ職業には共通すると思う。手は正確に切り刻みながら、慈愛を持ってその人の人生の最後に関わってゆく。解剖医によってその人の人生が確かなものとして完結する。解剖医のプライドは那辺に在るのだろう?死者に対する職業上の愛はどの様に表現されるか?言葉として、手つきとして、それを知るのが役者であろう。
三国氏は書く。”ただし、外側からは無感動に見えながらも、生理的には何らかのショックがあるのかもしれません。解剖医として当然生まれるであろう心の内部の複雑なシチュエーション(中略)その微妙な感情の流れも必要であれば表現しなければなりませんね。”
「ショック」ねぇ。書き写しながら自分の心が冷えてゆくのを感じる。七十有余年を生きてこれかい。常人ならぬ辛酸を舐めてきたとおっしゃる経験が。役者を四十年以上(拙の人生より長いぜ)やって、役柄の理解力自慢がこれかよ。
もちろん、解剖医も人であり、教室以外の社会生活を送っている。個人的に死体の人と関わりや思いがあり、職業を離れた感情をもつこともあるだろう、ドラマはそうしたところに作られる。
が、役柄をつかまえる為の「日常」にそんなものがあったら大変だ。自分の家族が亡くなって悲しみをこらえてるときに、解剖医がショックで切り損なったので解剖は失敗ですって云われたら、どうします?切り損なわなくとも、動揺して診断を間違えましたと後日云われたら?

死骸を切り刻むことを非情だとか無感動だとか呼んで自分と距離をおこうとする嫌悪感は、その職務にない人間として自然な感情だとは云える。この様な突っ込みは無理無体だと思われるかもしれない。ただ、三国氏はリアルな演技をする例としてわざわざ解剖医をあげたのだし、別の場所に書いてあること、この本の趣旨・出版の目的とも矛盾するだろう。そんなつもりは無かったという言葉では済まない、きちんと批判されるべき文章だと思う。人非人シリーズは、人の情として良識ある人には書けないことを隅田という人でなしが書くシリーズであるとしてご容赦いただこう。

PS.
先の命題だが、ヒントとして、私の考える道筋としては、目的を達する為に、強すぎず弱すぎず正しく行われているかどうかの確認を五感を駆使しておこなうことが職業に誠実であろうという処から始め、慈悲の心をもって行うとすればどう工夫するかと進めると書いておく。
さて、皆様は?

| | コメント (2) | トラックバック (2)

13の揺れる想い―在日コリアン二世・三世の現在

「13の揺れる想い」金井靖雄著麦秋社
いい本だ。”ステレオタイプの在日観」を避けるため、様々な立場の人の様々な想いを整理せずに書いている。他の本では書かれない今日の問題や、未来を示す幾つもの鍵が提示されている。矛盾することもあるが、解説はなし。総括を目的にと書いてある梁石日との対談もまた矛盾を含んだ幾つかの問題点をあげる形となる。
反論するとすれば、梁石日の言葉「日本社会」。日本と日本人若しくは日本国民、民族としての日本人若しくは大和族(よく自称される日本民族より、他の民族が呼ぶヤマトンチューや倭人のほうが適切に思う。ヤプーは某書の印象が強いので避けるが)は違う。日本社会を日本人のものとする見方は自ら自分達の存在を否定してしまう。1世の意識はまろうどかもしれないが、日本で代を重ねても尚、日本社会の客人であろうか。経済的にも文化的にも、制限はあっても政治的にも、社会の一員としての存在を示し、責任を負う時期にきているように思う。50年後に消えちゃいけない。私が金達寿の日本の中の朝鮮文化という命題に史学的ではない評価をするのは、過去の形ではあるが在日コリアンが日本社会の主役であったという考え方を提示し、現在の鏡にしようとしたことである。白鳳時代に今来と呼ばれた人々が、各国の特徴を混ぜた独自のものを生み出しているように、今日の在日コリアンも自分達から発信する文化を主張してきている。日本国籍をとったら、典型的な日本人になりきらなければならないという強迫観念は若い世代には無くなってきているようだ。
在日三世を上中下にグループ分けする見方は面白い。著作をものにしたりマスコミに顔をだす者のみを相手にしちゃいけないという難しさを簡潔に言い表している。
この本だけではなく、書かれていないタイプの主張、例えば、短くはDAYSJAPAN2004年11月号、長くてよければ辛叔玉女史や姜尚中氏の本を読むことで、雑多な想いを重層なものとできるだろう。それぞれの主張の裏にある書かれていない気持ちを推察できる。そこから先は若い人たちのHP「半月城通信」「ハン・ワールド」「コリアン・ザ・サード」など、右にリンクした呉善姫女史や他のニューカマーたちの本でふくらみをもってゆくことだと思う。

p.s.
これはかなり厳しいことは承知で云うが、事ある毎に自分達を特別だという意識は、日本人からだけでなく、他の在住外国人や、ニューカマーと呼ばれる在日韓国人からも孤立する結果となる。


| | コメント (1) | トラックバック (0)

浅田次郎「鉄道屋」を読みながら

集英社文庫の北上次郎氏の解説には「鉄道屋」派「ラブ・レター」派「角筈にて」派「うらぼんえ」派に分かれるとあったが、私は「伽羅」に心痛かった。
四派それぞれに読者の傾向があり理由があるように、私が「伽羅」に胸が締め付けられる思いをしたことにも理由がある。
ペット業界の一端に寓する職業として、昔みた業界の裏側が、小説の頃のファッション業界と重なるのだ。

夢を持ってペットショップを開いた娘さんたちが、長年ペットショップを経営してきた男に連れられて動物病院に来たときのことを憶えている。
彼女たちの前ではここは顔だから治療費を安くさせるよ、なんて調子のいいことを云って、裏では客を紹介してやったとこちらにも恩をきせる業界人らしい海千山千の男であった。
面倒をみるといって、犬猫を廻していたようだが、中間マージンをどれだけとったのだろうか。
彼女たちは毎回きちんと治療費の支払いをしてくれた。
最初に話されたとおり割引はしていたが、「客を紹介するからタダで治療しろ」だの「このこが売れたら払う」という業界人の中にあっては損害のないほうである。余談であるが、そんな業界体質を嫌ってペットショップと付き合いのない動物病院は多い。
経営が徐々にうまくゆかないことは、連れてくる動物の数や治療依頼内容からみてとれた。
数年後彼女たちを夜のお店でみたが、その後店はつぶれ、彼女たちに会うこともなくなった。

もう一つこの小説の文外にみえるのは、ブームや女の生霊という言葉が使われていることで
ファッション・メーカーの冬の時代がその後にあることを匂わせていると思う。
私の近くでは、数年後には調子のいいお兄さんの店も消えた。借金がかさんで夜逃げしたという。
バブルの頃には雨後の筍の様に新規開業したり、ビルを大きく建て替えていた動物病院も、
今は若い先生がたまに小さな病院を建てた話しかきかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

曾祖母について

浅田次郎「鉄道屋」を読んでのその2

自分も不幸であるばかりでなく、他人にも不幸を撒き散らす人がいる。
不平不満のなかで他人に当り散らすことしかできない人。

曾祖母が不幸であったといえば、本当に不幸な人に怒られるであろう。
網元の長女として生まれ、分家とはいえ大きな商家一族に嫁ぎ、戦争で財産をほとんど無くしたといっても、庭付きの家に住み結城だの大島を買う余裕はあった。葬式は田舎の名士らしく、西本願寺別院と浄土宗西山派の末寺が何人も応援を頼んで坊主頭が列をなした、奇妙にも盛大なものであった。

しかし、実家から離れて半世紀以上たつというのに、私の知る限り訪ねて来る友人は実家近くに住む1人しかいなかった。
別院の婦人会などには出たらしいが、日常の買い物も含めてほとんど外出しなかった。
家でも家事に追われていたわけではない。全くしなかったわけではないが、ほとんど私の母親や祖母がしていた。家族が減ったときにはお手伝いさんを雇った。
へちま水や梅干を作っていたとは思うが、毎日のへちまの世話は祖母や私がしていた。
趣味がなんであったか、十数年暮らしたはずの私は憶えていない。慎ましい生活の割には着物の数は多かったかもしれない。
独り子は成人せずに世を去った。
我が強くて、人当たりのいい人でも、ひとに思いやりをよく示す人でもなかったから、彼女の周りに家族が集まっておしゃべりしていたわけでもない。
夫婦間もちょっとした事情があり、険悪ではないが良好といいきるものでもなかった。
中世に強い意志をもたず状況にに流されただけの姫が地獄にも極楽にもゆけぬ話があったが、この場合はどこにゆくのだろう。骨壷は子供を中心に夫婦並べておいたが。

そんな彼女の、おそらくささやかな幸せの一つは私であった。
子供が亡くなったあと、夫の姪を養女にして婿をむかえたので、私と彼女との間には血のつながりは無いが、我が家に久しぶりに生まれた男児であり、亡き子のかわりとして可愛がってくれた。
よく仏壇に一緒にお仏飯を供えて手を合わせたものだ。
また、私が幼稚園にゆくかゆかないかの頃には祖母の実母は存命で、曾祖母はよく私を10分ほど歩いた祖母の実家に使いにやった。
お駄賃をくれて優しくしてくれるので、私も本家のおばあちゃんちに行くのが楽しみであった。
彼女が他人への思いやりを示した稀な例だったと後年気づく。

| | コメント (3) | トラックバック (0)