ピース

Peace Aroma Mentholが大阪でも販売された。これで名古屋で買いだめしなくて済む。

とはいいながら、引越前後には日に2-3本だった喫煙ペースが、最近は週に2-3本、月になおすと2箱ないくらいに落ちてきていて、買いだめする量ではなくなってきていた。
全部無くなってからすぐに地元大阪で買えることはとても有り難い。

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丁稚の着物

木綿の着物が気持ちいい季節になりました。

ところで、現在の着物の基本形は、かっての商家の旦那風の変形だと思う。
裄は少し手首がみえるくらい、丈は足袋が隠れるくらい。
だが、普段着としての着物、下郎の着物を自称する私のものは、安い古着を中心に集めたためもあるが、ほとんど手首は大きくでるし、足袋と裾は重ならなくて、足首がみえるくらい短い。
昔”丁稚の着物、丁稚のお仕着せ”と呼ばれて嫌われた着物の着方である。
着物をよく知る人にはみっともなくみえるだろうと思う。

だが、何故むかしの丁稚どんはそんな着物を着ていたのだろう。
着物で家事をし、走り回ると、ドアのノブに袂を引っかけたり、階段で裾を踏んづけることが侭ある。私ひとりがドンぐさいわけではなく、そのような話は良く聞く。
特に自分サイズの着物でよくある。ところが、部屋着用の短い古着では少ない。ほんの少しの長さだが、活発に動き回る為には短いほうがいい。
幕末明治の写真をみると、部屋で着飾ったもの以外は庶民は短い着物である。
”着物はこうあるべき”ではなく、TPOに応じて使い分けをしていたのだと思う。
着物歴もそれなりに長くなり、枚数を持つようになった私は、そろそろ自分なりの使い分け、目的に応じた着物を考える時期にきているかなと思う。


PS
本当の”粋””お洒落”はそうした使い分けが出来てこそだと思うのだが、着物雑誌は今季もワンパターンだ。
最も最近の初心者の流行はぶっとんだ着物より、そちらのほうみたいだから、それはそれでユーザーの要求に応えているのかもしれない。が、その次を提案するための経験と知識をだせないと一過性のブームで終わると思う。

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名古屋銀映

劇場によき常連客がいて、踊り子にタチのいい追っかけがいて、一般客をうまく導いて舞台を盛り上げる。
入場料だけではやってゆけないのでポラはあるが、踊りの時間をきちりとって、別枠で用意している。
こんないい劇場だとは知らなかった。またゆこうと思う。
五木麗奈さんは別格の踊り。一幕目は芦原と同じ日舞。二幕目はビール片手に踊りが違った。リズミカルな踊りの方が得意なのだろう。新人らしき女性組3人が見学していた。
東条美月嬢もいい感じ。このまま踊りに精進して欲しい。
南関東を中心に廻る人は客の厳しい目に鍛えられて踊りのレベルが高いが、関西やドサ廻り中心の人は客あしらいがうまくても踊りの甘い人が多いというのが20年前の話だったが、今も同じか。

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寺社巡り

寺社巡りが好きだが、ちょっと変わった楽しみ方もあるので紹介。
寺社は宗教施設であるだけでなく、軍事的に重要な場所にあったり、軍事施設を滅ぼした後に建てられていることが多い。
わかりやすい例としては先日、久能山東照宮に参拝したが、ここは神社になる前は武田氏の久能城であった。
駿府城との距離からして、格好の支城となりうる。若しくはここで敵を防いでいるうちに海に殿様を逃がす方法もある。
また、宇佐八幡宮は周囲を堀割りし、上宮を本丸とし、椎宮神社などの末社を支城とした城塞とみえる
紀三井寺のある名草山は東照宮のある雑賀山とともに、紀湊に突出した岬である。そもそも、名草という名は滅ぼされた名草一族を想わせる。

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