阿呆か

診療報酬引き下げのニュース
NHKによると医療機関側に努力が求められるだそうだが
努力の意味をご存じか?
どの会社でもそうだろうが、ベテラン社員は給料が高い
あたりまえであろう。

診療報酬がカットされれば、
件数を増やして給料を維持するか、
給料のより少ない研修医や若い医師・看護師を増やし、ベテランのクビを切るか
件数なんて簡単に増えないし、病院によっては限界までうけていて3時間待って5分診療なんだから
政府として後者を推し薦めていると考えていいだろう

技術職に於いて、要所要所にベテランを置くことができないとなれば
事故が増えることは当然の結論であろう
個人診療所はまだ院長の目が届くだろうが、大学や総合病院は益々危険になるだろう
怖い

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表現の自由の侵害でしょうね

瀬戸智子さんのHPによると
5月に「もって他山の石と」で取り上げた男が立川反戦ビラ訴訟で有罪になったらしい。
私は他の方と違って、「家族の危険について」で書いたように、事件は弱い者いじめやストーキングの類であり、
彼個人に対する嫌悪感はあれ同情の念はひとかけらもないが、判決には困ったものだと思う。
無罪とした一審は私には妥当な判断だと思える。
まっとうな感覚と表現の自由」と書かれたstandpoint1989 さんや「被告人は「無罪」」と書かれた nagoyanさんのご意見がまともな感覚の持ち主であれば支持できよう。
腹は立つが、個人で締め上げても、裁判では有罪にしてはいけない。
今回の判例がもたらすものは小さくない。
公権力による表現の自由への挑戦の一つであり、これを足がかりにして更にひどいものが来るという主張に賛成する。


余談だが、チラシ配りをやめさせたいなら、外で抗議するのではなく、
家に引き入れてから説教することをお勧めする。
ドアに鍵をかけて数人で取り囲むがよろしかろう。


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今から誰を入れるのか

国立追悼施設について木走氏がエントリーされている
130人もの議員さんが賛同されているというからには、今後も具体的な活動が続くのだろうが
私としては、ごく単純な疑問として、いったい誰を入れようというのかがわからない
靖国が、日本にナショナリズムをつくる手段として用意され、軍人・軍属他、明治国家に貢献した人をまつり
幕府方戦没者は清水次郎長や榎本によりまつられたことは以前書いた。
いまさらに戦没者追悼を口にする以上、その目的と入る人を具体的に説明して欲しい。
あたりまえのことだが、本人・遺族の承諾なしに追悼することはしてほしくない。
靖国関連裁判の幾つかは、遺族の宗教的その他の信条により、勝手な祭祀をやめて欲しいというものである。
無宗教だろうが、この点は全くかわらないはずだ。
過去にさかのぼった追悼は遺族一人一人に確認してからおこなうのだろうか、
遺族の生存していない人、確認しようのない人はどうするのか
それとも、既に一体となられているので分祀不可能として、確認なしに靖国の名簿全員の移動か転載を強行するのだろうか。
私は、祖父を一族の氏の神として累代の墓に祭祀したいので、これ以上一族の外に持ち出され利用されたくはない
もし強行されるおつもりなら、反対署名、裁判その他の運動をおこさせていただく。

過去の殉難者は靖国にまかせて
今後の戦没者、平成殉難者を追悼するということであれば
つまりは殉難者の増加が予想される事態を想定する必要とする
今後普通に戦争をする国にしようというウヨク活動の一つとして理解すればいいのだろうか。
自分の遺言状に、追悼施設での追悼拒否を書けばいいのだろうか。
未来も個人の意志とは無関係に追悼するので、そのような書類は無効と仰るのだろうか。
殉職自衛隊員及び公務員のみに限るなどの制限項目をつけるから、そのような不安は無用というのだろうか。

聞こえはいいかもしれないが、具体的なことをちょっと考えると
だいの大人がなに暇にあかせて遊んでやがるとしか思えない。

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幼稚至極

くまりんさんが呆れたと書かれている。さすがにくまりんさんだけあって喩えかたが飛躍しているが、ジェンダー論以前の問題だというご指摘は見事
で、さっそく当のご本人のHPをみる
イダヒロユキさんの日記を見る限り、私も呼びかけ人の資格無しというしかない。
「その後、個人的に数名の方が入っていかれたということですが、それは個人の判断です。私個人は、山に入る人がいるのも、それはその人の思想の表れで、そうした人も含めて話し合いが行われていけばいいと思っています。考えが異なる人がいるのは前提ですから」
自分が呼びかけた以上、その行動がきちんと終わるまで集団を監督する責任がある。後日勝手に登ることは個人の考えでいいが、当日下山までは団体行動する必要がある。特に今回は登ることが真の目的ではなく、女性解放運動の一環として、女人禁制を改めさせるデモンストレーションが目的のはず。会場で解散したからあとは知らぬというのは如何なものか。
「登ったことで、地元の人たちが「やっぱりひどいやつらだ」とおもって、今後の話し合いの場自体がなくなるのは望むことではないという思いがおおくのひとのなかにありました。」
と自ら書いたことが正しい。一方的なものにせよ約束を違えた以上、2度と話し合いはないし、登山者と呼びかけ人には求めることも許されないと思わなくてはならない。その自省なしに自分の意見の理解だけ求めるのは、
「話し合いをしません、意見も気持ちも聞きません、質問にもお答えしません」
ということと何らかわりない。
他者に向けてのアピールに、他者の目にどう映るかを計算しないというのは、幼稚至極。
園丁日記さんが「解散のフリして入山した段階で正当性無し。」と仰ったとおり。

着物愛好家のHPをいろいろみるようになると、単に綺麗な女性の着物が着たいだけの人から、女装趣味、性同一障害までいろいろ知るようになる。このような非常識な人間は極少数であり、ほとんどかたまって存在することもみえている。これがジェンダー論にならないことを願う。

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shed crocodile tears

この言葉を知ったとき、なんて素敵な言葉だと思った。
憎悪や狂気でなくして殺生をするのに、泪なくしてどうする。
獲物は食らうべし
泪おおいに流すべし

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改革ファシズムを止めるブロガー同盟

改革ファシズムを止めるブロガー同盟」というblogがあることを、PUBLICITYにいって知る。
拙稿「」と対立するご意見だと思うが、これはこれですばらしく、賛意のある方々はどんどん広めて欲しい。若い人にどこまで受け入れられるかどうか知りたいものだ。
が、2点気になる。

右派にだけ妥協を求めて、共闘ができるのか。どうして共産党が他と組まないことで票を確保してきた歴史を批判しない。社会党と共産党の主導権争いにより左翼活動、市民活動が分裂してきたことを忘れたか。共産党だけとは組まないと仰る人も多いが、共産党側も、他の党派がいやがることをいつも持ち出して、孤高を商売にしてきたこともちゃんとみてゆかなければ、大同団結の訴えは只の遠吠えに終わる。

中共や韓国と組むことしか書いていないが、ロシアやEUは対米戦略の役にたたないのか。敵はアメリカという国家ではなく、そこを拠点として金融的な国際戦略を起こしている連中である。落合信彦氏や竹中平蔵先輩など、彼らの動きについていって勝ち組になろうなんて、どう贔屓目にみても走狗にしかみえない。だが、中共に朝貢することが対抗手段として有効だという根拠がわからない。地理的距離は軍事的には有意義だろうが、金融的にはどこまで有効だろうか。上海はアジア第一の都市だろうが、NYとのつながりが深すぎて、対立軸にはなりそうにないように思う。別の相手と組むつもりが実は同一グループだったというオチにならなきゃいいがねぇ。不安。
EU特にフランスは、あちらでくっつき、こちらで対立するしぶとい外交により、常にアメリカとある程度の距離を持ってきた。そのノウハウを学べという結論がどうして戦略のテーブルにのらないのか。インドも技術力・経済力ともに一流だと思うがこれと組むのは如何。
大国の威を借る狐、いずこの牛後は情けないというなら、小国同士組む方法もある。ASEANは地理的に近いが、それだけでは中共の影響が大きすぎると考えるなら、オーストラリア・ニュージーランドを加える構想もある。イスラム諸国の信頼がどこまで落ちたのかは私にはわからないが、これと組む方法を模索することもある。

本来なら、引用報告として本家本元にTBするところだが、以上の理由で参加表明することに躊躇するので、竹山さんのにTBをさせてもらう。

PS.
参加blogには「非国際人養成講座(某HPに対抗しているのだろうが、独自性を持つためにはこのお題目はいただけない)」さんのように面白いblogがあるので、ちょくちょくおじゃますることにする

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自民圧勝の結果を、自民党の危機だと感じている人は何人いるだろう。


田中角栄首相のあと、日本の政治は調整型の人間が担ってきた。私の世代までの国民は、政治離れだと呼ばれながら、投票率の低下という形でそれを支持してきた。
中曽根首相や竹下首相がそのいい例だろう。
共産党や社会党すら、革命路線を捨て、インターナショナルな運動から離れて、国内問題しか論じない、守ることばかり主張して、とうとう立憲君主制の変形である日本国憲法を守るなどという、マルクスが聞いたら破門状を出しそうなふざけたことを口にする。
リベラルだとか良識というのは、要するに、出過ぎた部分を批判し、調整しながら現状を維持してゆくことを支持することである。
ロッキードショックとでも云おうか、高度成長期の終焉と云おうか、破天荒な政治家、実業家が出なくなる。
自分自身を鑑みての話だが、ニヒリズムをその根底に見る。

しかし、昭和40年代以降に生まれた連中は、はっきりしたことを求める。礼儀正しく、シニカルに世の中を見ずに、本気で日本が変わることを考えている。

余談であるが、右傾化と呼ぶのは変化を読めない頭の悪い連中で、左翼思想方向にも、はっきりとした物言いで運動している若者は多い。彼らをまとめて拾い上げ、一つの方向を示すことのできる思想家、政治家がまだ出ていないだけである。先日もテレビで「絶対に崩れない平和、恒久の平和を求める」という発言をした若者がいた。
調整型の左翼論者、ダブルスタンダードが露わになった連中が退陣してゆくこれからが、平和運動、左翼運動の未来がみえる時代だと思う。私はもう懲りたので支持しないが。

かっておタカさん旋風が吹いたとき、日本社会党はそれを結党以来の危機だと思わず、政権交代のための戦略を練るどころか、野党第一党として安定させようという動きにでてしまった。党内抗争で主流派が主導権を取り、おタカさんを上に祭り上げ、党名変更だとか自民党と組んでの小選挙区比例制導入にうつつを抜かす。今の7議席は風(国民の要求)に乗り損ねて落下した結果だ。

日本新党も、新進党も、風は一度しか吹かなかった。唯一の機会を捕まえて、更に上にあがろうとしなかった連中はことごとく地面に叩きつけられた。

民主党も前回の圧勝の直後に、政権交代を掲げて、次々政策や未来像を示し、自民党を攻めたて、それが次の選挙に、若しくは○年以内に実現できなかったら総退陣するとしてゆけば風に乗って更に上にあがったかもしれない。岡田民主党党首の日本を変えるという発言は正解だったと思うが、自民党が仕掛けた選挙が始まってからでは時期が遅すぎた。今度の敗北は下手すると、党が割れる可能性を含んでいる。鳩山やジャスコのような誰もが安心してタカれる資金力を示せる候補者がいれば大丈夫かもしれないが。

いつもどこかの政党が予想以上に躍進し、次の選挙で惨敗する。平成の選挙はその繰り返しである。民意は一つの方向を向いているのではなく、大きな流れになりたくて、氾濫する河川のように右に左に大きくうねっているように思う。いつか堤を壊してしまうように思う。それがどこかは頭の悪い私にはまだ見えない。

田中角栄首相のように、内にはひとに数倍する気配りをみせながら、一つの方向に向かってブルドーザーのように周囲を突き崩しながら前進するする政治家が、ずっと求められているのではないか。そう思い続けている。
日本が変わる予感はしている。

私は小泉首相の政策には賛成していないが、彼が危機意識を持つ数少ない一人であろうとは認めている。
次々に新しい目標を掲げて国民の気持ちを離さないままここに至る彼の手腕は、まれにみる好人物だが時代を読んだり、芯の通った生き方を示して時代を自分に引き込むことができない自派閥領袖や、受け身しかとれない野党第一党党首との力量の差を見せつける。
郵政民営化は首相の悲願だが、そればかりみてマスコミが油断していると、時期をみて隠し玉をまた打ち上げてくると思う。そうでなければ自身もまた地面に叩きつけられて無惨な屍をさらすことになると承知しているだろう。
独裁だのなんだの批判している連中は、彼が変人を表看板にしながら、内実は中曽根元首相に匹敵する風見鶏、民意を汲む力の持ち主だということを忘れている。
新しい政策をぶちあげては担当者を置き、国民受けする過激な発言をさせておき、時期を見て担当者ごと政策を置き去りにする。小泉政権の歴史はその繰り返しである。
安倍晋三氏にばかり目を向けていると、ポスト小泉を見逃すよ。

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あなたの共産党支持度がわかります

左記のくまりんさんがリンクされている木走正水さんが「共産党公約をコンパス風に評価してみる」というエントリーをあげられた。

日本共産党は労働者の団結のはずが実態は東大出身者をトップに秀才の集まりで、本音と建前、言葉遊びがひどくて、信用する気にはなれないが、ないと世の中がつまらなくなるので、選挙時にはよく投票してきた。
今回の公約もいつものように裏読みして笑うだけではなく、木走氏の採点方法に従ってみる。

自己採点してみると
1.(-1)必要な増税をためらうと、あとでもっと大きな増税が必要になる。
2.(-2)共産主義と憲法の矛盾をどうする気なのだろう。
3.(-1)明治以降の複雑なアジア情勢を単純化しすぎている。
4.(-2)アジアと世界の違いは何なのだろう?もしアジアに太いパイプを持っているなら、公約する暇があったらさっさと使って実績を示しなさい。実績がなくやる気だけなら、結党以来あちこちの共産党・社会党・共産ゲリラと喧嘩しかしてこなかったと反省してからにしなさい。”積極的”という言葉が遊びにしか聞こえない。
5.(0)国民の”運動”という言葉の意味を考えたい。市民運動・市民活動という言葉がマイナスイメージを持ち始めたとたんに言葉を変えて内容をごまかすのか
6.(+2)異論なし
7.(+2)分割民営化という言葉がでた20年くらい前から郵便局のサービスは飛躍的に向上してきた。現在のサービスを続けるなら民営化はいらない。ただ、脅しがなくなればまた悪くなるか心配。分割民営化は定期的に議題としてあがったほうがいいのかとも思う。

トータル-2点でプチ保守でした。
これからも共産党を応援しつつ保守的な?エントリーをあげてゆく所存です。
宜しく。

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“百人斬り”裁判 勝利判決をめざす決起集会

宮崎正弘氏のメルマガ「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」はバックナンバーを公開していないのが残念ないい記事が多い。
小泉首相の旧田中派つぶしに関するまとめも面白いが、もっと興趣ある記事は

“百人斬り”裁判 勝利判決をめざす決起集会

6月3日 午後7時(開場六時半)
文京シビック 小ホール(地下鉄「後楽園」あるいは「春日」駅、JRは「水道橋」)
 講師  黄文雄、宮崎正弘、向井千恵子、稲田朋美ほか
入場   無料、予約不要。

これは5月18日に裁判の結審があったこと(これすらこのメルマガで知った)をうけてのことだと思う。
百人斬りについては、私は常識的に虚報であるとの見解をとる。据えもの切りの記録を調べれば、短期間に百人を軽く越える人間を斬ることの難しさは容易に察することができる。それも名人山田浅右衛門が国宝級の名刀で斬ったわけじゃない。人数が問題じゃない殺人行為が問題だという意見は、記事の信憑性が問われる裁判の意味を理解していない意見である。殺人行為をした兵士はいくらでもいる。被害者が死刑になったのは百人斬りのためである。本の出版以後ご家族が更に哀しい思いをしたのも、常人には不可能な殺人鬼、大陸での非道の象徴とされたからである。他人を貶めることで自分をより高いレベルにおこうとしたえせ人道主義者が今更いいわけするもんじゃない。
戦後に記事をとりあげて提灯記事を出版した本多勝一という人の貧困なる精神については、ネット上で検索していただければ幾らでも出てくると思う。鬼畜とはこの様な人間のことだと思う。左翼思想、人権運動家、平和運動家には意見を異にしても敬意を払いたいひとが多い。一部問題のある発言・行動をするとしても、私は批判と評価を両立させる。しかし、彼らの中に潜む寄生虫については軽蔑しかない。一部にまともな意見があっても、擁護してはいけない存在だと思う。
仕事があって参加できないのが残念だ。当日の模様をメルマガで教えていただくのを楽しみにしている。

ps.
経過のわからない人は
http://homepage3.nifty.com/kyoho-enzai/boad/contents/E0700mn.html他をご参照ください。
ついでにこちらもhttp://d.hatena.ne.jp/claw/20041002あげときます。ちなみに、私は南京で何があったとしても、その責任の第一は反撃策を持たずに徹底抗戦を決めた蒋介石にありという意見です。これって”なかった派”でしょうか?

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もって他山の石と

よく訪問するblogからトラックバックを幾つか渡っていってみつけたblog
本日は中央線名物「人身事故」だが
人身事故をためらいなく”名物”と書くことにまず驚かされる。
あえてお題をきつく書いたのなら、本文中に優しく安否を気遣うことばがあるかと思いきや、自殺に関する蘊蓄を並べたあとで、”なぜみんなもっと余裕をもって、生きられない?なぜ他人のことが心配できないんだ”と他人を批判。2日後に書いたコメントの返事にも、事故者の安否に触れていない。他人の生命などどうでもいいのだろう。帰宅が遅れたいらだちが伺えるのみ。
何度も何度も人身事故に帰宅を遅らされているのだろうが、blogにあげる時には一言添える心遣いがあっていいと思う。事故者の命は一つだ。拙の人非人シリーズはこうならないように気を付けねば。

PS.本来は記事の引用にはトラックバックをするのが礼儀であろうが、今回はしないでおこうかと思案中。陰口の類になる心苦しさはあるが、このような人間と接点をもつことにためらいを持つ。

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