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“百人斬り”裁判 勝利判決をめざす決起集会

宮崎正弘氏のメルマガ「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」はバックナンバーを公開していないのが残念ないい記事が多い。
小泉首相の旧田中派つぶしに関するまとめも面白いが、もっと興趣ある記事は

“百人斬り”裁判 勝利判決をめざす決起集会

6月3日 午後7時(開場六時半)
文京シビック 小ホール(地下鉄「後楽園」あるいは「春日」駅、JRは「水道橋」)
 講師  黄文雄、宮崎正弘、向井千恵子、稲田朋美ほか
入場   無料、予約不要。

これは5月18日に裁判の結審があったこと(これすらこのメルマガで知った)をうけてのことだと思う。
百人斬りについては、私は常識的に虚報であるとの見解をとる。据えもの切りの記録を調べれば、短期間に百人を軽く越える人間を斬ることの難しさは容易に察することができる。それも名人山田浅右衛門が国宝級の名刀で斬ったわけじゃない。人数が問題じゃない殺人行為が問題だという意見は、記事の信憑性が問われる裁判の意味を理解していない意見である。殺人行為をした兵士はいくらでもいる。被害者が死刑になったのは百人斬りのためである。本の出版以後ご家族が更に哀しい思いをしたのも、常人には不可能な殺人鬼、大陸での非道の象徴とされたからである。他人を貶めることで自分をより高いレベルにおこうとしたえせ人道主義者が今更いいわけするもんじゃない。
戦後に記事をとりあげて提灯記事を出版した本多勝一という人の貧困なる精神については、ネット上で検索していただければ幾らでも出てくると思う。鬼畜とはこの様な人間のことだと思う。左翼思想、人権運動家、平和運動家には意見を異にしても敬意を払いたいひとが多い。一部問題のある発言・行動をするとしても、私は批判と評価を両立させる。しかし、彼らの中に潜む寄生虫については軽蔑しかない。一部にまともな意見があっても、擁護してはいけない存在だと思う。
仕事があって参加できないのが残念だ。当日の模様をメルマガで教えていただくのを楽しみにしている。

ps.
経過のわからない人は
http://homepage3.nifty.com/kyoho-enzai/boad/contents/E0700mn.html他をご参照ください。
ついでにこちらもhttp://d.hatena.ne.jp/claw/20041002あげときます。ちなみに、私は南京で何があったとしても、その責任の第一は反撃策を持たずに徹底抗戦を決めた蒋介石にありという意見です。これって”なかった派”でしょうか?

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もって他山の石と

よく訪問するblogからトラックバックを幾つか渡っていってみつけたblog
本日は中央線名物「人身事故」だが
人身事故をためらいなく”名物”と書くことにまず驚かされる。
あえてお題をきつく書いたのなら、本文中に優しく安否を気遣うことばがあるかと思いきや、自殺に関する蘊蓄を並べたあとで、”なぜみんなもっと余裕をもって、生きられない?なぜ他人のことが心配できないんだ”と他人を批判。2日後に書いたコメントの返事にも、事故者の安否に触れていない。他人の生命などどうでもいいのだろう。帰宅が遅れたいらだちが伺えるのみ。
何度も何度も人身事故に帰宅を遅らされているのだろうが、blogにあげる時には一言添える心遣いがあっていいと思う。事故者の命は一つだ。拙の人非人シリーズはこうならないように気を付けねば。

PS.本来は記事の引用にはトラックバックをするのが礼儀であろうが、今回はしないでおこうかと思案中。陰口の類になる心苦しさはあるが、このような人間と接点をもつことにためらいを持つ。

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通用門

今度引っ越した茨木市は、新しく綺羅綺羅しい建物が多く、田舎者の隅田にはまぶしくて落ち着けないが
古い農家なのだろうか、正門をかたく閉じて通用門を持った屋敷を散見して、ここが信長や大阪の陣で有名な茨木城のあった古い街だと思い至る。

そういえば、私の幼少時には玄関から家に入ったことがなかった。屋敷というほどの大きさはない家だったので門は一つしかなかったが、玄関を横目にお勝手に回り込み、土間から家に入っていた。玄関は主人が仕事に出たり、客を迎えるための特別な存在であった。
今はお勝手は閉められ、土間は板敷きの台所となった。よく血塗れの鼠や昆虫をくわえて来た猫も既に亡い。

ハレとケ、見栄、人が通らない門を持ちたがるちょいと宗教がかったような精神的構造は、封建的であるとして戦後失われていった日本文化の一部であるように思える。
着物を愛用しても、日本文化だとか伝統という言葉を云いたがらないのは、その様な封建的文化の残滓を知る世代であること、その上でそうした精神的構造やちょっとした生活の形までは受け継いではいない自覚があるからだろう

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ピース

Peace Aroma Mentholが大阪でも販売された。これで名古屋で買いだめしなくて済む。

とはいいながら、引越前後には日に2-3本だった喫煙ペースが、最近は週に2-3本、月になおすと2箱ないくらいに落ちてきていて、買いだめする量ではなくなってきていた。
全部無くなってからすぐに地元大阪で買えることはとても有り難い。

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銀のパンプス

私が北海道で学生をしていた頃と云うと、2昔近くなるか。
その頃の踊り子さん達は、衣装・踊りは様々であっても、まるで規定であるかの如くに剥げた銀のハイヒールをしていた。日舞は裸足か足袋だが、それでもオープンショーになると同じであった。例外はめったにいなかった。

卒業後は足が遠のいていたのを昨秋よりまた小屋に通い始めたが、銀や他のメタリックな色のハイヒールを履いた踊り子さんのほうこそめったに見かけない。皆さんスニーカーやブーツ、裸足、ローラーシューズなど形も色も実にバライティに富む。
逆に街の靴屋さんにはメタリックな色のパンプスが普通に置いてあり、出勤時に、銀のパンプスでコナミスポーツセンターに入るOLらしき女性をみたこともある。

花柳界と素人の流行のこういう逆転現象はよくあることなのだろうか。時の移り変わりの見事さを感じながら、浦島状態の新鮮な驚きを楽しんでストリップ小屋に通っている。

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勝谷さん、よく云った

勝谷誠彦の××な日々は他の記者が遠慮するところを切り込むので面白い
5月8日の日記は、日頃ズブズブの仲の記者クラブ会員には書けない厳しいものだ。
しかし民主党事故対策本部の委員が大事故とは知らずに宴会に参加しましたは(爆笑)というより噴飯であろう。
彼は突っ込みが甘いとしか書いていないが、取材先が組合だとか左翼活動家だとか社会主義国のときには、日頃書かない言い訳を繰り返すのも朝日体質もとい築地踊りの所作であろう。
「黙祷した」を2回も書く、
消防職員の徹夜の救出活動や死亡確認の報道が続く中で民主党議員の「復旧を急ぐ(人命のことよりダイヤのことしか頭にないということでしょう。会場でも大事故だと気付いていなかった証拠)とともに、利用者の信頼回復のためにJRとして頑張ってほしい」なんて呑気なあいさつを書く
など文章全体が宴会野郎の言い訳じみてみえる。
今後の朝日の着地点を楽しみにしています。ここ数日の天声人語や社説は要注意。

6日の日記もその職にいる人にしか書けない見事なものだが、私には築地お得意の「現実より己の理論。いてもいないふり」のほうが腹が立つ。
現在もサマワやインド洋に自衛隊員がいて、その家族も新幹線に乗り合わせている可能性を無視して「将来、わが子が軍人になり、外国の戦場に行く。そんなことを思いめぐらす親など、いそうもなかった。 」と「9条の会」などの護憲運動が盛り上がらぬのはお前らが馬鹿だからだと不満をぶつける
軍人じゃなくて自衛隊員だから、見えないのかい?
”将来”の文字が凍てついて見えるのは私だけか

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