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川本喜八郎監督

ひとコマサポーターの一人として、たまに覗いている公式HPによると今月11日が監督の誕生日だったという。
制作日記によると映画「死者の書」の撮影も順調なようで、クランクアップ間近との由。
おめでとうございます。
あとは資金面と公開方法であろう。
人形劇三国志など、喜八郎監督が好きな人はぜひサポーターやウェーブになって欲しい。

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ちょっとした欲望

二十歳の頃にたてた人生の目標は、60歳をめどの悟達であった。仏門に入る気も新興宗教を立ち上げる気もなくなったが、おおまかには路線変更しないでいる。
小川圧司氏のblog「俳優業、3日やったら...。」にハングリー精神と題して、落ち着く歳になって改めて人生に欲望がでたことが書かれているが
若い頃の夢と、中年になっての目標は少しありようが違うように思えた。
ハングリー精神と小川氏は呼ばれるが、自分に何もない飢えではなくて、自分がみえてきたあとで、更に求める気持ち、人生の最後をもう少し上にあげたいという欲望である。
他人をうらやむ気持ちや、他人に負けまいとする気持ちではないから、幼少時に聞いたタイガーマスクの歌詞にあるハングリー精神とはちょっと違う。
私も不惑をこえて本厄になろうかというこの歳になって、解脱以外の欲望がでてきた。
まだ声にだすまでには至らないが、もう少し固まったら友人には云おう。

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同期

この日になると毎年思い浮かべる顔がある
大学同窓誌は今も彼ひとり”死亡”と書かれている
我々は6年制大学にいったから、まだ就職して3年だった
あれから10年なんだね
南無

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強い言葉

以前どちらかでちらりと触れたが、私は”言葉”の意味を
辞書に書かれている意味と、一般的概念、その時代・場所においてつけられたイメージ、発言者が目的とした概念などの重層なものにみている。

一番特殊な使用例は、私自身が一般的な使用法と違えることで2つくらいの意味を含ませることで、私の言葉は判りにくいとよく云われる。
例えば「人非人より2」において、獣医師である自分自身を”殺生を生業とする人間”と言い換える。医師・看護士・獣医師などを殺生と結びつけてイメージできるのはその職にある人だけであろう。ぎりぎりのところで生きる助けをおこなうということは、力及ばず死を看取ることもあるという、説明されれば一般人にもうなずける事実は、しかし誰も獣医師を目の前にしてこの人は私の仔の死に関わるとイメージされることはない。
また、普通の人々とレジスタンスを区別していて、レジスタンスを賞賛する人たちと対決姿勢をみせる。
例えば「文明の闇」で”文明”も”文化”も私自身の特殊な意味をつけたことを”という言葉”と書くことで示す。

だが幾つかの言葉はイメージが強すぎて、どの様に使おうと一つのイメージしか持てない。高校で文芸部に入り、他人の文章を批評するようになるとすぐに気づき、できるだけそれらは使わないようにした。
例えば”ピエロ”
単にピエロと書くだけでなく、いろいろな漢字にルビとして使う人もいるが、作品全てが一つのイメージに染まってしまい、独創性が消されて平凡な作品に見えてしまう。
さすがプロの方は「さようならアルルカン」などと独創的な仕事をされている。

平和という言葉もこれに含まれる。
こういうと驚かれるだろうが、”平和”という言葉はマイナスイメージを持たない貴重な言葉である。平和は麻雀は別にして、絶対的ないいもの、誰もが否定しないものとして常識扱いされている。”人道”は最近は地球環境という視点から批判を浴びることがある。”社会主義”も独裁を連想される。”神”はカルトのイメージを持つ。”聖”は古くは高野聖、近年は聖○○学園。”天使”は早朝割引・・・失礼。

だが「平和の欠点を挙げろ」と云われて言葉につまらない人は何人いるだろう。
「わしズム」において挑戦的平和論と題する試みもあったが、編集長の年齢では平和そのものに疑問符をつけられなかった。
平和についての百家百論は、しかし、そのことを逆手にとって
「それは真の平和ではない」
と書き込めばたちまち霧散する。
今まで言葉を連ねた努力は何だったのかとむなしくなる。
なんなら喧嘩にならないですむ相手に試してみればよかろう。

そう、平和とは何を指すかという議論はあっても、平和そのものに否定的な人は去年くらいまでは極少数の変人のみであった。私もその変人の一人であることは自認している。先の命題は高校時代のものである。
昨年”平和ボケ”という言葉が流行ったが、これだけは平和そのものに抵触せずに平和にマイナスイメージをつけた新しい言葉だと思う。この言葉の延長線上にもしかしたら”平和”を絶対神のひな壇から叩き落すものがあるかと思っている。私が気後れすることなく平和という言葉を使えるのはその頃であろう

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足袋

正月むけに
以前、幾つかのHPで、着物というのはどこまで洋装などを入れることが許されるかという話が出た。
私は、基本的には何でもありだと思っている。
ただ、それぞれの人がその人流の着物を持つことが大事じゃないかと思っている。
一人の人が、若葉マークを過ぎてもまだ何でも着るようにみえるようでは、個性をもてないで終わってしまう。
私はエスニックなものを取り入れたり、2枚を継いだりする異装派だが、
アンサンブル中心の一般的な形でいくと決めて数年着ている人も、初心者とは違う着慣れた様子がよくみえる。
着物を着ない呉服屋の「粋」は固定された頓珍漢なもので、ネットやオフ会でであう人たちも、ちょっとした処に流行をみせている。正統派の人でも、小物、足袋、鼻緒などにこだわりをみせるものだ。
私は自分の着方を”隅田ごのみ”と自称していて、今後どういう方向に磨こうか、上級者のうまいところ、洋服の流行などみながら思案している。一昨年くらいから羽織に糞掃衣(パッチワーク)と絞り染めの組み合わせを考えているが、まぁ、形になる頃には流行を取り入れてまた少し変わっているだろう。

さて、お題の足袋だが、普段は底が黒い向島めうがやさんの紺足袋を愛用している。
以前、池波志乃さんが、旦那が外出するときは新しい足袋を履かせる。使い古しは自分が家で履くと云っていた。
色落ちの激しい藍木綿の足袋は黒繻子と違って、新品かそうでないかひと目でわかる。江戸っ子の金の使い方と始末の仕方がわかるいい話しだと思った。
江戸っ子とは無縁の田舎者だが、これは参考になると、以来、ちょっと改まった気持ちになる外出は新品の足袋をおろし、亦よそ様のお宅にあがる可能性のある外出時には底の白い新品の紺足袋を持ってでるようにしている。そんな席などないから、白底は何年もおろさないままであるが。
逆に普段くたびれた紺足袋を使うのは、お出かけじゃないよという意思表示になる。近所のコンビニに買い物にでるくらいで毎回洗っちゃいられない、黒底は不精者には便利である。冬は下にタビックスをはいて暖かくしている。もこもこしていても、日常生活は実用本位でいいと思う。

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