読書の愉しみ
右にリンクした高味 壽雄さんの「Radical Imagination」に読書人によるすばらしいエッセイが紹介されている。
内容については、そちらをご覧いただくことにして
さて、自分はどうであったかと振り返ってみたが、年代にずいぶんズレがある
幼稚園時に母親に連れられて県立図書館に通っていたことは憶えている。
本格的に読み始めたのは小学校4年か5年であった。毎休憩、昼食前と昼食後、放課後少しと自宅に持ち帰って。
1度に2-3冊並行して読んでいた。小6で担任に学校での読書を禁止された期間を除いて中2の頃までが乱読期であった。図書カードを埋めていく悦び、友人・後輩の名前をみつける悦び。よくある青春時代である。
小6の頃に団鬼六、ダーティ松本あたりからエロにも目覚める。図書室で紅楼夢を読んだのもこの頃。
中3くらいからSF、ヒロイックファンタシーに接し、文学から離れる。何でもいい時代から、好きな本を読む時代に入る。
余談だがVHSの普及により父親の部屋にビデオデッキが入り、裏ビデオ「桜の宮」をみたのは中学だった。孵化したヒナのすり込みじゃないが、私のビデオの好みのスタンダード作品になる。
高校時代は最初は流行を追って「犬神家の一族」から始まる角川文庫のミステリーと出たばかりの富士見文庫であった。
文芸部に入り、作品を見た指導教員に萩原朔太郎(あのセカチューの朔太郎である)を勧められたり、図書館で「忍びの者」を読んだりして少し文学に戻るが
結局、エロと暴力の世界しか読まなくなる。英雄コナン、類猿人ターザン、処女戦士ジレル、白子のエルリック、グイン・サーガ、三剣物語etc
浪人・大学時代は少女小説。後輩に勧められた氷室冴子。気が滅入った時に「シンデレラ迷宮」を何十回も読む。
独り旅のルールとして、読み慣れた本1冊、新しい本1−2冊を鞄に入れるようになる。
理解を深めるためではなく、精神安定のために特定の本を再読し、特定の音楽を聴き直す。おまじないの為に枕元に聖書を置く習慣が西洋にあったそうだが、そのようなものか。
乾正人「媚肉時代」、「イメージシンボル事典」、近藤紘一「サイゴンから来た妻と娘」金素雲「朝鮮童謡選」、ブラッドリー「アヴァロンの霧」など生涯の本と出会う。
社会人になり、20代の最後にやっと「歎異抄」を読み終わる。浪人時代からだから10年をゆうに越える。1行2行読んでは思索するので、実は旅の時間つぶしの”新しい本”としてよく携行していた。
仕事上必要な専門書もそうだが、目的を持って求める読書が現在も続く。梅原猛、山折哲夫、安藤忠夫、宮崎学
現在40歳。今後のことはわからない。
ただ、80代で亡くなった曾祖父の本棚にあったのは、山手樹一郎、山本周五郎といった時代小説とエロ本、エロチックユーモア集であった。将来私もそうなるか。
| 固定リンク


コメント