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時には昔の話を

一人暮らしでどうしようもなく落ち込んだとき、自分では立ち直れなくて
布団にくるまって中島みゆきさんの「世情」などを聴き、
氷室冴子さんの「シンデレラ迷宮」を読見直すことが何十回とあった。
”シーラカンスの夢”の話に同化して、深い海の底に沈んでいった。
涙までは出なかったが、心の中でなき続け、小説の終わりに引っ張られるように少しだけ浮上した。
浮上の程度により、続編の「シンデレラミステリー」も含めて5冊ほどの本を使い分けて読みすすめ、少しづつ浮上していった。

弱い自分が逃げ込める場所、ここにゆけばささくれだった心をなぐさめられる場所
いっきでなくていいから、少しでも回復を期待できる場所
本の虫だった私は本だったが、何だっていいと思う。
煙草でもいいし、ナイフでもいい、女の乳房でもいいし、男のぬくもりでも。
そこにゆけばなぐさめられるという期待だけでももてる場所があればいい。
ただの自己暗示なのかもしれないが。

リストカットの話を知ったとき、体が傷つくことを問題視する気になれなかったのは、
自分に呪文をかけるように何かにすがる気持ちが一緒だと思えたから。
本だったのは偶然。手首を切れば落ち着くと自分に呪文を唱えたら、自分も手首を切っていたと思う。

ただ、落ち込みにも程度があり、浮上にも程度がある。
毎回自分を肉体的、精神的に傷つけるしかないというのではなく
軽いうちに処理できる場所、少しでも浮上したらゆける場所を、いいところに見つけて欲しいと思う。


余談ではあるが、大学時代に別の本のサイン会で、
すみませんがと持ってきた「シンデレラ迷宮」を差し出したとき、
著者がこういう人がいるんだよねと云っていたから、
この本に惹かれた男は私だけではなかったと思う。

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ジェンダー論に絡めて

別宅に以前書いた日記に女性の就職関係のことがあったので、再録する。
後ろについていた本論はどけたので、意味がわかりにくい部分もあるがご容赦。

歴史感覚
at 2002 09/02 06:42 編集

史観とは違います
諸行無常の悟りとか、4次元感覚と云えばいいでしょうか
物事は時間と共に変化してゆくことを認識出来るかどうかです
過去を批評するときに、いきなり現代と比較して民主的かどうかなどと言い出すのではなく
当時の状況を、前後の時間の流れのなかでどうであったかをふまえて置いて、批評する
歴史の専門家でももてる人と持てない人がいます

例えば、私のいた獣医学科で、女生徒の就職問題が特に大動物臨床(馬・牛など)で起こった時期がありました
男女差別が撤廃されたからと云えばそれで終わりですが、
では何故、一時期だけであったのかということの説明にはなりません
獣医学科に入る女性の数は私の前後に急激に増えました
それまでは女生徒の数自体が少なく、大動物臨床に進む人は全国で一桁くらい
私の頃で、私のいた大学が例外的に1-2割でしたが、大抵の学校では半々位であり
今では女生徒が過半数、いやもっと多いです
従って、先輩たちの時代には、女子で大動物臨床を志す人は自分たちが例外的な存在だと知っており、採用条件など自分の力で突き破っていました
例外なので、採用側は特例としておけばよかったのです
現在はそんな条件をつければ誰も来なくなるし、女性の受け入れ体制も実績もできてきたので採用側は条件を撤廃しています

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「すべき」論

「22歳−2006年・・・」において101氏が当事者意識のないエントリーについて簡潔にまとめてくださっている。
みつけたのは某お莫迦なblogの最新トラックバック一覧で、
初めて読んだときには笑ったが
振りかえってみて自分もたまに書くことに気付く。
もって他山の石とすべし。

・・・ありゃ「すべき」が入っちゃった。


余談だが
さっきSORAと一緒に赤十字の義捐金募集に振り込んできた。
阪神のときも、アフガニスタンもそうだが、体で手伝えないなら、口ではなく金と物。
某TV局やユニセフの様な目的不特定の募金活動は好きじゃないが
こういう募金は少額で申し訳ないがお手伝いさせていただくことにしている。

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獣医師教育について

業界の恥をさらすようで、申し訳ないが少し獣医学教育について書く。

戦前の獣医学教育の柱は軍馬であった。卒後将校として陸軍に入るのが一般的な獣医師の就職先であった。
終戦を迎え、陸軍がなくなると獣医師も職を失った。
このときに医学部に習って基本から勉強し直し、それを小動物臨床(当時は犬猫をそう呼んだ)に応用していった先生達が長く動物病院業界をリードしてゆく。
余談ではあるが「本物の獣医・ニセ物の獣医―いいペット病院の見分け方」の著者須磨一郎先生は医学部で学んだ故に日本の医学常識が数十年まちがったままでいることをそのまま書いている。
”椎間板ヘルニアは人が2本足で立つようになって発生した。”これは医学界の話だから私たちには関係ない。しかし、この学説を推し進めて”だから4つ足の動物に椎間板ヘルニアはありえない”と云うのは無責任且つ職域の逸脱である。最近も現実を知って絶句した医学部講師がいたが、今でもそう教えているのであろうか。
著書では椎間板ヘルニアを否定しても、現実に同症の犬が来院する事に対し、”ぎっくり腰”という言葉を専門用語まがいにご自分で定義して書かれている。筋膜性腰痛が医学用語なのだが、数十年前より脊髄造影レントゲン、X線CT、MRIなどの医療診断技術の発達により、犬の椎間板ヘルニアの画像も撮るようになったので、この言葉はあてはまらない。

戦後は畜産振興と衛生管理が獣医学教育の柱となる。馬は農業機械の発達により、競馬界にほぼ限定されてゆく。畜産を目的とした獣医学科の増設が2校認められる。基礎研究に強い北里大学と極端に畜産臨床に特化した酪農学園大学である。
欧米の獣医学も戦後急速に変化した。いい専門書も出て、卒後教育カリキュラムも作られるようになると、留学したり、本を輸入して最新獣医学知識を取り入れようとする動きが出てきた。
小動物臨床業界でもアメリカ動物病院協会に習って、開業獣医師たちの手で日本動物病院協会設立の動きがでる。これは結局まとまりきれず、日本動物病院福祉協会や世界動物病院協会、日本動物病院協会など幾つもの団体がたつことになる。
日本小動物獣医師会、獣医放射線学研究会、小動物臨床研究会など、開業獣医師と小動物に関わる大学講師陣による国内研究環境が徐々にできるが、卒後教育が中心となり、大学教育のなかできちんとした時間を費やされるのは大学格差が大きいので一概には云えないが、4年制から6年制になったここ20〜30年というところであろうか。私の居た頃の酪農大では小動物教育はまだ半年であった。足りない分は大動物の授業内で小動物も教わった。今は格段に増えているという。

現在もまだ小動物臨床教育環境は整備されず、毎年外国に留学させてレベルアップさせた小動物専門の講師陣を揃え、開業獣医師を学外講師として取り入れる大学と、基礎や畜産中心の大学では授業内容もレベルも別世界の格差がある。
アメリカでは獣医科学と獣医学臨床では教育機関が違う。臨床獣医師になるには大学卒業後、臨床獣医学部に入り4年間の専門教育を受ける。その間レジデントの様に受け持ち患者をもって診療・治療に携わる。
日本では6年間のカリキュラムのなかで、基礎・臨床・応用の3分野が同時に存在する。在学中に付属病院見学はあるが、手伝いはしても診療まではできない。
医学界の様なレジデントをうけいれて各専門分野を順にみてまわれる大規模病院は数える程しか無く、学生全体の受け皿には足らない。しかも大学付属病院ですら国公立では専門獣医師が不足している。
免許取得後の教育機関がしっかりしない以上、開業獣医師のもとで一定レベルまで揃える必要があるが、開業獣医師が先に書いたように辞書片手に外国文献を読み漁ったり、医学部に勉強にいった連中である。教育内容も技術レベルも大学以上に格差がある。
恥ずかしい話だが、飼い主側からの要求のレベルアップに、現場でも、教育の場でも答えるべくがんばっている途中と思っていただきたい。

私としては4年制でいいから卒後2年以上大学でレジデントとして診療してほしい。若しくは、4年を越えた段階で仮免許を出して大学講師の指導のもとで臨床に携わる許可がでればいい。大学に専門講師が足りないので、できれば4年いた場所ではない処を2カ所以上廻って欲しい。
現在も研究生・院生として付属病院で勉強する獣医師はいる。ただ、開業してからなる人は仕事があって充分に勉強が出来ないでいる。卒後すぐでなくていいから、若いうちに集中して勉強したい。
井上氏の質問にお答えしたことになるか、いいわけになるかわからぬが、獣医学教育について書いた。現在教育現場の近くにいないので、現状より歴史的な流れについて長々と書くことになったのは申し訳ない。

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きもの日和

11月3日文化の日に全国一斉に着物愛好家のイベントがあります

きもの日和

メイン会場は東京ですが、名古屋でも「きもの日和in名古屋」として、古川美術館から覚王山近辺を散策します。
私はスタッフとして幹事のずずさんと一緒に参加者の皆様をご案内いたします。
といっても私自身古川美術館は初めてなのですが。
迷子になられてもすぐに見つけられるよう奇抜な格好を考えていますが、あまり変だと一緒に歩いてもらえないかな。私を含め男性の参加も4名ほどいます。正月くらいしか着たことがないという男性もご参加ください。
子細はずず姐のHP「ずず猫のおうち」をご覧ください。

名古屋以外では弘前、東京、松本、京都、大阪、福岡、大分で行われます。
お近くの方はふるってご参加ください。
子細は着物日和
http://www.kimono-biyori.jp/indexF.html
まで

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2046

愛の迷路に入り込んだ男の物語。
2046とは止まった時間と凍り付いた心。
たった一人傷つきながら抜け出そうと、いつ駅につくかわからぬ列車に乗った小説の主人公は「心など初めから無かった」と叫んで2046の住人になる。

映画が終わって帰りしなに、娘さん達が「チャン・ツィイーが可哀相」というのを聞く。章 子怡は香港性工作者を演じるにはまだ田舎娘なのだろう。
今回、彼女は言葉と口元と眼が違う感情を表現するような複雑な演技を要求されていた。「十面埋伏」の2つの心でさえ演じきれなかった彼女には、成長の跡はみられるものの難しすぎた。
科白に忠実な感情を全身で表現することは、「英雄」までなら褒められたのだが、今回は営業用の感情演技とその下の意志、もう一つ下の心。男の押しの強さに徐々に負けてゆき、愛を求めるまでに弱る心と、プライドとの葛藤をどの様に一度に表現するか。それも性工作者の手管かと思わせる妖艶さは年齢的にも無理だろうが、一途に激しすぎる欠点はいつかは直さないと先が無い。
梁 朝偉はいつも優しい眼を絶やさない。 それは凍り付いた心。変わってゆく子怡と対照的。
木村拓也は小説の主人公であると同時に梁 朝偉の投影であるという。それにしては熱い眼をしている。ただ、もしかしたら演出側の要求かもしれない。小説の最後に2046の住人になることで醒めた眼をするようになるということで、過去の梁朝偉か、梁朝偉の醒めた眼の奥の秘められた心を表しているのかもしれない。

梁朝偉は変わらないということのために女優達を贅沢に消費する。小説であればいいが、映画ではそれぞれの女優のファンに怒られないのかなぁ。

ps.
仕事しながらふと考えた。何故60年代なのだろう。
この映画の舞台は60年代。2004年に何故60年代の映画を上映するのか。
私は未見だが、前作があるという。続編だからというだけだろうか。
この映画に登場する女性は古めかしい。60年代よりももっと前、(映画中に梁朝偉からの贈り物として出てくる)ナイロンストッキングが流通して強くなる前の女性っぽい。
もしかして、梁朝偉扮する主人公もまた、小説中の人物なのだろうか。
全てはボギーやローレンス・オリビエ、クラーク・ゲーブルの時代のハリウッド映画を懐かしんで或る人が書いた物語
ふとそんな気がした。
ノスタルジーを感じない若い世代には意味不明の映画になったかもしれない。

ps2.
カップルで観るのはやめた方がいいかも。
男の優しい目の中に梁朝偉と同じ醒めたものを見つけられると、3600円+食事代が無駄な出費になるやもしれぬ。

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司馬遼太郎からの手紙

この本が朝日新聞社より、今年5月30日付で発行されたことの意味を考えた。
96年に亡くなられた氏の連作エッセイ「街道をゆく」シリーズの外側を肉付けする意味で週刊朝日増刊号として1999年と2000年に元の雑誌がでたのは、この頃に司馬遼太郎についての増刊を連発していた一環だろうとはわかる。
イラクに自衛隊が派兵され、日本が右翼化してきたと自称リベラリストたちが連呼している時期、
「坂の上の雲」をNHKがドラマ化しようとしている時期に
司馬遼太郎について、彼自身による微妙な言い回しでない本を出す意味。

司馬氏は太平洋戦争時に陸軍の兵隊であった。2度とこの様な戦争はすまいと考える1人である。
但し、下の世代、民主教育を受けたと自認する世代と違い、戦前の全てを否定していない。
軍官僚の台頭によりおかしくなった期間の前の時代を知っている。
彼の戦争・昭和についての言葉は扱いが難しい。まだ生乾きで、歴史になっていない。
坂の上の雲は幕末と明治生まれのいい面の最後のきらめきを書いている。悪い面を強調したい連中に激しく非難されている問題作である。

何故、この時期に司馬遼太郎を思い出せと朝日新聞が云うのだろう。
この本は街道をゆくをそのまま全て扱ったわけではない。時間的に難しい部分も省いたろうが、恣意的に選んでもいるし、記事の量も各巻によって違う。
今も読みすすめながら考えている。
おそらくこの本の周囲を見渡さないと、意味はわからないのだろう。
読後調べてみよう。

一緒に買ったのが「香港性工作者」「実録ドラッグ・リポート」
私は中国は江沢民の下で清朝末期に逆戻りしたと思っている。司馬氏がついになじめなかった現代中国の姿を幾つかの本で追ってゆく一環として買った。

司馬遼太郎記念館会誌「遼」が届く。個人的な意味を感じる。

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コラテラル〜狼になりたい

先行上映を観る。
コラテラルを戸田さんは字幕で巻き添えと訳していた。
ハリウッドのすごさはどの様なテーマがあろうとも、まずエンターテイメントとしてきちんとしたレベルにしあげてくることだ。
この作品も、タクシーという密室の心理劇だが、サスペンス、アクション、ユーモア、ラブ、だから意外性がないといえば無い(ネタバレ映画館であまりにベタなため中途退席した人がいるというのもわかる)が、観客が楽しめるツボをはずさないようにしている。
急遽観ることにしたため、予習はなしだった。そのため、最初何故タクシー営業のシーンが延々続くのかわからなかった。
その辺りも含めて、全てを絡めて無駄の無いよう仕上げているところが映画らしい映画である。最初から時間が夜から朝までと短く区切られているところも、映画としていい。何年もの時間を詰め込むには2時間は短い。

解説は冷徹な殺し屋だが、ヴィンセントは生まれの粗野さは表現しても、狂気はない。あくまでビジネスとしての殺しに誠実であろうとする。ジャズに詳しく、ロスの街を、地下鉄で人が死んでも誰も気づかない冷たい街だと嫌う(これも伏線)よそ者である。
M.I3のためにラストサムライでつけた筋肉を落とす必要があるとの記事をみたことがあるが、確かにトム・クルーズの肉体はがっしりしていた。
(余談であるがトムは今回初めて警察の射撃場で実弾射撃訓練をうけたという。イラクにおいて、市場で銃が売られていて、市民は簡単にアメリカ兵を撃つようなデマメールを流したテロリスト協力者がいたが、同じく普通に銃が販売されているアメリカで、特に銃を持つ機会の多いアクション俳優にして実弾の経験はこの程度である。普通の市民がすぐに人を殺せるとは思わないで欲しい。イラク市民は今、実戦訓練の最中である。まだ外国から流入してくる連中を含めて軍関係者、盗賊団、ゲリラ、テロリストなどが中心にいると考えたほうがいい。)

マックスはロスに生まれ、この街の信号まで熟知するほどのロスっ子でありベテランドライバー。自分の会社と車を夢見ながら雇われドライバーから抜け出せないでいる。偶然ヴィンセントを乗せて気に入られたために、殺人に付き合わされる。そのままゆけば自殺に追い込まれる(自殺にみせかけて殺される?)ことは、警察官同士の会話から示唆される。最初逃げるためにあれこれするが、ヴィンセントと会話する中で彼と戦うようになる。
ヴィンセントのように都会に対し敵意を抱くやつ(日本で言えば長渕剛か)もいるが、この映画の夜のロサンゼルスは危険な部分も含めて静かで美しい。監督はヴィンセントの言葉も否定しない(エンディング)が、それだけじゃないよという風景をあれこれみせてくれる。移動が多くてせわしないといえばせわしないが
、映画の一番の観どころか。
中島みゆきに「狼になりたい」という唄があるが、映画を観ながら私の心の中でクールなジャズではなく、この唄が流れていた。本当にコヨーテが出たときには唸った。夜明けのロスの街の風景で映画は終わる。
だから、この映画のテーマ曲は「狼になりたい」

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アフガン難民を支える会

今年もSORA(アフガン難民を支える会)より報告、カレンダー申込及び寄付金募集の手紙が届く。
SORAはJR総連の下部組織JRU-PACと共同でアフガニスタン難民の、緊急支援及び将来に向けた支援活動をしている。
隣国パキスタンに住居を持つ督永のオバハンが腰を据えた活動をしているので貧乏店員の少ない寄付金でも有効に使ってもらえると思い、毎年送金している。

詳しくはSORAのHPをご覧いただきたい。
そして、もし共感できたら、バザーにゆかれるか、HP記載の郵貯口座に振り込んで下さい。
こういう活動は継続することに意味があり、寄付も少額でも毎年することが重要だと思っています。
もし彼女の言葉ややりかたが気に入らないのなら、ペシャワール会AMDAもご覧下さい。

左にリンクしている四方山閑人の「イラクへ自衛隊を大幅増員とは…」というエントリーの中で、”アジア人の立場から貧困や抑圧に悩む人々の気持ちを理解し、テロに走らないよう説得することが大切だと思うのです。”とあったが、テロリスト予備群をテロリストにしない方法は口ではなく、この様な支援活動により明るい未来像をみせることだと思う。
ペシャワール会の中村哲医師の著作には、元ゲリラの部下に人殺しをさせないで看護を手伝わせたり井戸を掘らせる医師の姿が描かれている。仕事を持って成果をあげて自信を持てばゲリラには戻らない。
アメリカの方法は、そこにいるテロリストは消滅できても、その数十倍の予備軍を作っている。アメリカ追従だけではだめだとは同感。

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読書の愉しみ

右にリンクした高味 壽雄さんの「Radical Imagination」に読書人によるすばらしいエッセイが紹介されている。
内容については、そちらをご覧いただくことにして
さて、自分はどうであったかと振り返ってみたが、年代にずいぶんズレがある
幼稚園時に母親に連れられて県立図書館に通っていたことは憶えている。
本格的に読み始めたのは小学校4年か5年であった。毎休憩、昼食前と昼食後、放課後少しと自宅に持ち帰って。
1度に2-3冊並行して読んでいた。小6で担任に学校での読書を禁止された期間を除いて中2の頃までが乱読期であった。図書カードを埋めていく悦び、友人・後輩の名前をみつける悦び。よくある青春時代である。
小6の頃に団鬼六、ダーティ松本あたりからエロにも目覚める。図書室で紅楼夢を読んだのもこの頃。

中3くらいからSF、ヒロイックファンタシーに接し、文学から離れる。何でもいい時代から、好きな本を読む時代に入る。
余談だがVHSの普及により父親の部屋にビデオデッキが入り、裏ビデオ「桜の宮」をみたのは中学だった。孵化したヒナのすり込みじゃないが、私のビデオの好みのスタンダード作品になる。

高校時代は最初は流行を追って「犬神家の一族」から始まる角川文庫のミステリーと出たばかりの富士見文庫であった。
文芸部に入り、作品を見た指導教員に萩原朔太郎(あのセカチューの朔太郎である)を勧められたり、図書館で「忍びの者」を読んだりして少し文学に戻るが
結局、エロと暴力の世界しか読まなくなる。英雄コナン、類猿人ターザン、処女戦士ジレル白子のエルリック、グイン・サーガ、三剣物語etc

浪人・大学時代は少女小説。後輩に勧められた氷室冴子。気が滅入った時に「シンデレラ迷宮」を何十回も読む。
独り旅のルールとして、読み慣れた本1冊、新しい本1−2冊を鞄に入れるようになる。
理解を深めるためではなく、精神安定のために特定の本を再読し、特定の音楽を聴き直す。おまじないの為に枕元に聖書を置く習慣が西洋にあったそうだが、そのようなものか。
乾正人「媚肉時代」、「イメージシンボル事典」、近藤紘一「サイゴンから来た妻と娘」金素雲「朝鮮童謡選」、ブラッドリー「アヴァロンの霧」など生涯の本と出会う。

社会人になり、20代の最後にやっと「歎異抄」を読み終わる。浪人時代からだから10年をゆうに越える。1行2行読んでは思索するので、実は旅の時間つぶしの”新しい本”としてよく携行していた。
仕事上必要な専門書もそうだが、目的を持って求める読書が現在も続く。梅原猛、山折哲夫、安藤忠夫、宮崎学
現在40歳。今後のことはわからない。

ただ、80代で亡くなった曾祖父の本棚にあったのは、山手樹一郎、山本周五郎といった時代小説とエロ本、エロチックユーモア集であった。将来私もそうなるか。

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デビルマン

阿木耀子さんが観たくて映画館にゆきました。
酷評は承知でしたので、kossyさんの様に良い点があればもうけものというつもりでした。
だから耀子さんの出番が少ないことに怒っています。せめて死体だけでもちゃんと正面から撮ってくれよ。

テーマはヒューマニストによるヒューマニズムの問いかけなんでしょうか。
永井豪作品は、人間に対する絶望が根底にありますが、映画スタッフには無いのでしょう、人の醜さを一生懸命作ろうと努力した跡がみられます。
狂気の怖さも知らないのでしょう
デモに参加した経験、集団に襲われた経験も集団で襲った経験も無いのでしょう
ただ機関銃を乱射すれば、ナイフを振り回せばいいんじゃない
がんばっているだけ、下手さが目立ちます。背中がむずむずしたり、眼をそむけたくなる薄気味悪さがありません。
デビルマンが人間でいるために、ひら手美樹を必要とした理由。彼女を亡くした後に戦う理由。わからないかなぁ。
永井豪氏には、特別出演より、そういった人間のマイナス面を取材すればよかったのでしょう。宮崎学氏でもいい。
したり顔で書いていますが私はまだ40、安保闘争の頃は子供です。しかし、同じ頃に集団に囲まれて石つぶてを投げられたこともあるし、数人に一人で喧嘩したこともあります。相手の弱い部分(優しい子供)からつぶしていってあとで教師に怒られました。余談ですが、以前テロ支持の記事をエントリーした処にその経験がいきています。

本来原作のボリュームからは3部作くらいにしないと作れないのに、時代がみえるだけ焦ったのでしょうか
美しいシレーヌの物語を尻切れトンボにして飛鳥に語らせてしまった
デビルマンとして人を守るシーンが少ない
だから世界が牧村家周辺と狭くなっている
基本的な日本映画の欠点として殺陣の訓練期間がないので、役者の動きが出来ていない、気合い・叫びに迫力がない
など欠点は数えられません

不動明の物語で語れない部分をミーコとすすむの物語として作る
ボブ・サップのナレーションによって時間を端折る
などのうまさがあるぶん、スト−レートに下手なキャシャーンに迫力負けしたかな


今年は反戦メッセージを含んだ映画(ラストサムライもそうだと思うのですがねぇ)が幾つも公開されました。
人々の危機意識の高まりを感じます。
もはや戦後ではなく戦前だというのは真実なんでしょう。
宮台真司・宮崎哲弥といった秀才たちが時代を掴む言葉を探し出せるかがポイントか。
社民党や左派運動家の残党には、これ以上食い物にするな、平和運動のじゃまをするなとしか云えない。上っ面しかみえなくて、彼らの美辞麗句に紛れ込ませた毒におかされる若者を増やして欲しくないです。

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下弦の月

この様な映画が公開される時代になったことに感謝しよう
日本映画界はかって、寅さんと東映マンガ祭りを除けば、巨匠による構想○年、制作費○億円の大作が年1作程度しか公開されなかった時代があった。
低予算のロマンポルノすら作れなくなり、日本アカデミー賞ノミネート作を地方ではみることができない時代。
松竹の1年の目玉が機動戦士ガンダムシリーズという外部制作作品であった時代。
DVD「英雄」の監督インタビューを観たときに、20年ほど前を思い出した。
この作品の様な小品が次々公開される今の日本映画界は幸せだと思う。

と、前振りをしたのは
まだスタッフが映画の文法に慣れていないのか、役者に技量不足か、制作意図はわかるが空回りしている
というのが感想だから
下手な作品をけなすだけだと、冬の時代を耐え、この様な時代を築いてきた映画人たちが可哀相かなと思いまして

栗山千明さんは、気の小さなお嬢様より、ゴーゴー夕張のほうが似合ってるんじゃないかな
伊藤歩さんは出番が少ないけど存在感ありました
三浦くん役の落合扶樹さんがよかったです

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一知半解−日刊工業新聞社

名古屋の地下鉄に置いてある地下鉄ガイドに変な記事が載る。
発行は日刊工業新聞社。専門外ということだろうがそれにしてもおそまつ。

10月1日発行分
沿線案内で名古屋市瑞穂区新瑞橋周辺に50m角の3つの城があったという記事の解説。全文載せる。

「城には、山城、平城、平山城などがあり、中世以降、各地で築城が活発化。関ヶ原合戦後、一代築城ブームとなった。平地あるいは小高い丘につくられた平城は、規模も大きくなく戦国時代の戦(いくさ)などで、崩壊され、原形をとどめるものはほとんどない。」

これは一知半解のいい例である。記者は中世にもにも不案内で、解説書を2−3冊読んで、勝手にくっつけてしまった。
問題点は

1.中世とは何時か。戦国時代は普通、中世に含まれる。2つの本を安易にくっつけるからこういうミスをする。築城ブームは弥生時代、近江朝など何回もあったが、ここで取り上げられる様な小さな砦が日本各地に築かれたのは南北朝あたりから。日本中が南朝方、北朝方に分かれて小さな領地争いをした為。戦国時代がピーク。
2.ここでいう”城”とは何か。関ヶ原辺りでブームになったのは大名による天守閣のある城作り。ここに書かれるような城とは部将・頭目クラスの小領主の砦で、それ以前に作られたものがほとんど。名古屋は平野だから平城の形が多いだろうが、河内・紀州などは平地が少ないことと、本来の避難所の目的に合致した山城のほうが主流になる。だから、”平城”と書かずに砦若しくは城とだけ書けばよかった。原著ではそう書いていたはず。
3.いつ平城が無くなったのか。関ヶ原でブームになったものが、どうしてそれより前の戦国時代に崩壊されるのか。記者の時間感覚の狂いは並じゃない。
4.平城は無くなったか。すぐ近くの名古屋城をはじめ、江戸城、駿府城、松代城、忍城など江戸時代に残った平城は多い。というか、関ヶ原以後の築城は不便な山城より、平城乃至平山城が主流である。
5.江戸時代はじめに一国一城制と呼ばれて、城の棄却が盛んな時期があった。小さな砦はこの時期にほとんど棄却された。幕府の方針もあるが、必要性も無くなっていた。

以上、会社にクレームをつけようか迷っている。

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blogについて

私は小学5年頃から図書室で休憩時間毎に紅楼夢を読むくらい読書は好きであったが、自分で文章を書こうとはしなかった。国語の成績も中の下位。
高校2年時に、誘われて文芸部に入り、頭の中にある散漫なもやもやした思いを文章にすることを憶えた。これはまとめて短い散文集として部誌に載せた。書いて推敲し発表することで、もやもやがとれることを知る。
書かずにはいられない思いは、書くことで癒される。
いったん今まで考えていたことを全部出すことにより、自分をカラにすることができた。意固地な心に少し余裕が生まれた。
他人にみてもらうことで、自分の頭の中では整理できなかったことが整理され、次にどうするかを考える形に進むことができた。
他人のつたない文章を添削するなかで、他人の意図を理解し、それを表現するのにはどうしたらいいかを考える経験をする。
ついでに部誌作り、近所の企業に飛び入り訪問しての広告集めといった作業の中で、社交性の低い私にはいい経験をさせてもらった。
その後、小学生の頃から小説で他人を楽しませようとしたという天才新井素子さんを教えてもらったり、優れた師兄や同級生に導かれて、他人にみてもらう文章、他人を愉しませる文章を書くことを知る。
ばかもの」において「それを大衆にむけてわかりやすく(若しくはわかった気になりやすく)説明してのける技術」と書いたが、独創があるだけではだめで、常識的な文章で表現する技術がないと多くの人にみてもらえない。
余談だが国語の点数が飛躍的に上昇したのはここからであった。出題者の意図を汲むということを初めて考えるようになったためである。設問には書かれてはいないが、試験問題は、出題者の書いて欲しい結論にむけて順々に正解を積み上げてゆくようにできている。”どう考えられるか””どう思うか”などと書かれていても、個性的な解答など期待されてはいない。17年以上かかってやっとわかった。幼児から少年少女への成長は他人の存在を理解することだと思うが、私の場合はこの程度に17年かかった。
地元の予備校に通いながら2浪したが、受験勉強だけでなく、雑文書きもしていて、自転車をこぎながらあれこれ思索した。小説のネタもあるし、随想のネタもあった。今から思えば、浪人生という鬱屈した思いを紛らわせていたのだろう。
また余談だが、諸行無常の公案を得たのもこのときであり、人生の目標を解脱と決めたのもこの時期である。19歳の自分では経験も知識も少なすぎて、覚者として他人を導くなどできない、還暦まで吸収できるものを吸収し、解脱を目指す。今もネットサーフィンしながら様々な人の考えを教わっているのは、この気持ちを憶えている為である。
その後2つの大学に7年、就職して14年たつが、いまだにショートショート程度の長さしか書けないでいる。仕事が終わると弁当を食ってそのまま寝転がる自堕落な生活で、まとまった長さの物を書くという練習が不足している。
隅田清次郎残日録もsuda'swebsiteから4年ほど続くが、他人にみせられる文章というハードルをなかなか飛び越えられずにいる。

blogや日記ページに世評を書く人々について、「空虚な文章」「冷や汗」などで触れてきたが、
ネットの普及により、自分の気持ちを他人にみせる喜びを知った人々というのは、ちょうど私の高校時代のようなものかと思っている。
そこで他人の批評に耳を傾け、同じ問題についての異論を検索し、再考することにより、次のステップに踏み出して欲しいと思う。
周囲が喧嘩腰や追従の書き込みだけではなく、それとなく諭す書き込みをしているblogもあり、希望はある。
一部に他人の批判を聞かない人もいるが、サイトを閉じたり寿命が尽きずに続けていればいつか冷静になる時期もこよう。個人的に腹が立つテーマを選んでくれるので、暖かく見守る気にはなれないが。

ブログについて、このブログについて、雑感」でstandpoint1989さんに書いていただいたコメントに少しは答えられたであろうか


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ジェンダー論

8月に「日本の貴婦人」と書いたことを蒸し返すが、今日面白いblogをみたのでそれについて感じたことを少し。まだ確たる意見はないので引用・リンクばかりになるがご容赦。

私のジェンダー論は日本のジェンダーフリー運動からみるとかなりいびつなものだと思う。
大学時代に雑誌で読んで感涙したのが「夢の女」という短編小説であった。これはさえない中年男がやっと出来た恋人に失踪されるところから始まる悲喜劇である。ネタばれになるが、ここに思春期に生殖器の発達異常で医師にかかり、男性だっだと診断された2人の”女性”がでてくる。「日本ルイ16世」に収録されているので是非ご一読をば。この本は真性包茎で性交渉不能なのに強姦罪で訴えられた男の話などほろりとさせられる掌編が並んでいる。
また、私らの世代の小説好きにはアイドル若しくは崇拝対象である新井素子女史の「二分割幽霊綺譚」は思春期に女だと診断された”俺”が主人公であった。
ル=グィンやM.Z.ブラッドリーのSFも10代後半から大学時代にあった。
この時期に世間から遅れて萩尾望都の「11人いる!」も読む。「ジョーカーシリーズ」もこの時期であった。

初めてジェンダーという言葉を知ったのがネットを始めてからよくみる「きものくらぶ」の掲示板に登場した三橋順子さんからである。

大学では中性、間性、両性、無性、奇形と様々な性の形を習うし、以後実際に見る。

その様な下地の上にジェンダー論をみていると
isa氏の経験や意見に納得し、林道義氏のHPの主張は9割かた賛成するものの、そこからこぼれ落ちる人たちを拾い上げる理論が必要なことを感じている。
そういえば、表紙右側に紹介している本のなかで崔吉城さんは、男らしくあれという韓国社会のなかで違和感を感じていたとあった。そういうものも拾えないか。
今後の課題にしたい。

今現在のジェンダー教育については、反対する内容が多く、東京都の決定もしかたないと賛成している。
別宅がいつ消えるかわからないから、以前書いたものを引用しておく。

優しい差別 at 2003 09/09 14:52 編集

中日新聞に今どき無意味な討論会のことが書いてあった
家事を女性が行うのは差別だということを子供達に考えさせるジェンダー教育だとか
無意味なのは、最近の児童の何人が家事を手伝っているのかについて一言もないこと。男女差は果たしてあるのかどうか。家事をできない人間が何を云っても机上の空論。男女共に家事ができた上で、女性だけ家事というなら性差だが、男女ともできなくて弁当買いでは性差もへったくれもない。
また、専業主婦、兼業主婦だけでなく、専業主夫、兼業主夫の存在についても触れていないが、現実には存在する。

ついでに歴史的なことを云うと、江戸時代というのは建前としての封建制、男女差別はあったが、抜け道を幾つも用意している。小学生くらいだと理解は難しいが、高校レベルでは諸外国の事情と併せて知っておいていいと思う。
例えば、離縁状は男性しか書けないが、結婚するときに女性があらかじめもらっておいて、必要な時に女性から出すことが侭あった。
それがなくても、数年間の尼僧生活を覚悟すれば、駆け込み寺(縁切り寺)にゆけばいい。
当時の離婚再婚率の高さは世界的に見て特筆すべきものであった。
家事について云えば、台所は女の城と云われ、男性は入ってゆけない女性だけの聖域でもあった。現在でも自分だけの部屋を持つことは難しいと思うがいかがであろう。
江戸時代の差別構造は複雑で、ある意味優しい差別とも云える

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愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

靖国問題と政権の正当性

”アジア諸国”という使用法の難しい言葉をつかってしまったのが難点だが、りっぱなblogを見つけた。
このような出会いがあるからネットサーフィンはやめられない。
管理者の別のblogともども、ちょくちょくお邪魔させていただくことにする。

これで終わると、意味のない引用になるので、少し私の意見を書く。
靖国神社については既に書いた。但しそれは日本の事情であり、外国からみた見方について雁野氏の御意見に賛成しても矛盾は無いと思う。
政府の正当性が日本国憲法にあるというのは卓見だと思う。
しかし憲法を第9条のみで論じるところは、社民党や九条の会、それに近い人たちによるごまかしに乗せられてしまっている。
以前書いたが、頭のいい人は、全体像を表すことを嫌い、自分の主張に合った部分を切れ切れに引用して都合よく造りかえる。
護憲というなら全文を守れと云うべきなのに、自分たちに都合の悪い部分を切り離して論じている。
私は無理に九条を改定しろとは云わないが、全文を1条1条再検討の対象にして国民投票にかけてもいいと思っている。
信任されれば、占領軍の押し付けとは云えない。
私自身は自衛隊は早くつぶして、日本軍にしろという意見だが、これが少数派であることは自覚している。
改憲論も九条に限らず国民全体でみれば少数派であろう。
ただ、それをはっきりさせることを護憲論者も望んでいないから、今のようなスポンサーへの言い訳じみた運動しかしていないように思える。
国会に訴えるなら拉致被害者の会が選挙前に行ったようなアンケートを九条の会もすりゃいい。別に国政だけじゃなく地方でもやればいい。
護憲というなら憲法全文の勉強会を盛んにすればいい。数行を掲げてあとは自分達の意見を言いたい放題では本当に大切に思っているとは思えない。

軍隊と戦争の点に限って皆さん論じているが、今の日本で本当に危ないのは官僚の権力がどこにあるかの監視ができていないことだ。
例えば風営法以降、警察の権限の拡大はすさまじい。
今はキャリアの目が金に集中しているからいいが、権力のうまみを知ったときの暴走は想像するだに恐ろしい。
治安維持法の下、かって憲兵と警察官がどれだけのことをしたかを国民は忘れている。
鮮人、アカの次は右翼、主義者その次は・・・
今回はヤクザ、カルトから始まった。次は?

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おやぢ心

NHK趣味悠々のテキストブックを買う。
陳静さんの写真が豊富でうれしい。動きのいいところのショットもある
志穂美悦子さんも、浜口京子さんもそうだが、運動一筋の女性によくある可愛らしさを持っていてファンになる。
彼女は陳静武術太極拳研究会の主宰だが、熊取や泉佐野は実家からは南海電鉄1本でも名古屋からは遠い。
腰の定まらぬ初心者向けにも書かれているので、自分もテレビとテキストをみてやってみようと思う。

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柴犬「てつ」の遠吠え

gaiax時代によくおじゃました「てつ」さんがblogを始められるとか
楽しみです

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冷や汗

ブログについて、このブログについて、雑感
すごい方に引用されて冷や汗がでた。
他人の欠点がよくみえる時には、それが往々にして無意識に自分が陥りやすい欠点として注意している為であることがある。
高校時代に文芸部に入って23年、まとまって冊子にできる長文を書くまでの修練はつめていないが
隅田清次郎の名でそれなりに恥ずかしい文章を書いてきた。
この類の文章も何度も書いたことがあるので、
"初めてblogに文章を載せた初心者が書くなら、これからに期待するといって終わりますが"
と書いた
こういうことは、一度下書きをした直後に、冷静になって見直すレベルになれば減ってくる
ほとんどのblogは素人なので、文章作法より人柄、書きたい内容をみることにしている
standpoint1989氏の文章をとりあげるなどとんでもない、自分の失敗例をあげるほうが先だ
天木氏はプロなので厳しいことを書いたが、後にデビューしてそれほどたっていないと知る
頭がいいだけに、このての壁がみえにくいのだろう。
特殊な応援のされかたをしてデビューし、今も多忙なことも、批判されながらプロとしての技術を磨く機会が減る結果となる
2度とみる価値なしとはちょっと厳しすぎたかと思う

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労働と認められない労働

医学生の絶望的な嘆きに同情する。
この記事をみた一般人は何のことやらわからなかったと思う。
おそらく医師、看護士、獣医師、警察官などの24時間体制を当然とされる職業についている人間のみが、この医師に同情できる。
週5日当直とは、70床のベッドに責任を持つために、週5日は1-2時間程度の仮眠を数回して終日仕事をするということだ。49歳であれば過酷な職場環境にある程度順応しているはずだが、それでも辞職するのだから、記事には書かれていないが、ベッド数に比べて看護士数も足りないのだろう。普通の病院の当直よりひどい状況が想像できる。
夜間呼び出しは、過酷な環境の中で何とか作った生活リズムを狂わせる。呼び出しというからには、当直の残り2日の話である。多くないのは当たり前。だから、この先生は、就任以来ほとんど宿舎で寝ていなかったと理解する。
医師は診療だけすればいいというわけにはいかない。嘱託であれば勉強や看護士たちとのコミュニケーション、薬・機械のチェックなど限られるが、院長となれば更に事務・会計の雑務がのりかかる。孤立は当然、周囲と仲良くする時間がどこにあろうか。診療時間を短縮してくれというのはそういった雑務のために少ない就寝・休息時間を更に削らされるのは勘弁してくれという意味。
嘱託・非常勤はきまった時間だけだが、院長は24時間無休に近い仕事を1ケ月してきたのだろう。
と、ここまで書いても、一般人には同情してもらえないだろうと感じている。
過去の地域医療現場の医師たちの命を削っての努力に比べられて終わるだろうと。

私ら獣医師の世界でも、開業以来ウン十年休日のないものが少なくない。休んだといっても、子供が急病で生死の境だとか、新婚旅行の数日だけひとに頼んで休んだだけという話をよく聞く。
私も勤務獣医師ではあるが休みがしっかりとれず、友人たちに不義理を続けている。会合の違約は数え切れない。到着して5分たたずに帰ったこともある。祖父や伯母の葬儀・法事にもでていない。インターネットによってかろうじて他人との個人的なコミュニケーションができている状況だ。
そういう話を何度か飼主にしたこともあるが、例外なく同情してもらえなかった。休まないことに安堵されて終わる。
以前、ネット上で”24時間体制”という言葉を気軽に使う飼主に噛み付いたことがあるが、猫を好きな気持ちは一緒と、妙ななだめられかたをして終わった。
臨床の現場とは諦観と慈悲の場である。

医療も医学の進歩のいびつさと医療の現場の貧しさのバランスを個々の医師の犠牲の上にとっている。
そのことを知った医学生の前に、周囲の無理解と甘え、訴訟がみえたときに今回のような嘆きがでるのだろう。
あと何年かして、さらにその先にあるものがみえたときに彼は医師と呼ばれるだろう。

同情する。が、君が改善に努力するのは別の方向だよ、きっと。

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若いご同業に感服

仕事上の必要から検索していて、偶然面白いコラムを見つけた。
にほんまつ動物病院
院長二本松昭宏氏は1972年生まれでまだ若いのに、院長のコラムのページにおいてヒューマニズムの流れを総括した上で「ヒューマニズムの次の段階」という言葉を出している。
人道という言葉に酔って、それ以上の思考を進めないで終わる人間がネット上にも新聞コラムにも多いというのに。
若い人に期待したくなる。

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日本という国の「なつかしさ」

「海の彼方の国へ 日本をめざす韓国・済州島の女たち」呉善姫著を図書館で見つけたときに、”あぁやっと出たんだ”と感慨深かった。
「スカートの風」を読んだとき、そこに済州島の字をみた時から、この本が出ることを願っていた。日本化するという言が消え、彼女が済州島出身であることが日本理解に関係することを自覚する文章をみるようになってからは、いつかそのことをまとめて欲しいと期待していた。
新宿にいて日本の女系文化を理解するのは難しいかもしれないが、今後の希望として
血と骨」「マルセ太郎記憶は弱者にあり―喜劇・人権・日本を語る」とは違った視点で大阪やその地の済州島出身者を1冊にまとめて書いて欲しいし、
和歌山や長崎などに取材して、済州島との相似を背景に、家を守る女たちの日本文化論を
更には、朝鮮半島南部を含めて、倭の女系文化の掘り起こしをして欲しいと思っている。

おっと結論を急ぎすぎた。
今はまだこの本を読み始めたところだ。
1行ごとに泪しながら読みすすめている。
タイトルはこの本の序章からとったが、私の本音は”郷の便りをきく心地”である。懐かしい景色が次々にみえる。

別宅から何度も書くが、私は和歌山の港町に生まれ育った。
そこは女達が朝に地引き網をひいて幾ばくかの金を得、雑魚をもらって子供達の食事にする土地であった。まともな男は船や汽車で外にでてゆく。山の斜面の小さな田畑を耕し、シュロの亀の子たわしを始めとする日用雑貨の内職をし、老人の世話をし、子供達をしかりつけるのは全て女。寄合があると亭主の財布に恥をかかぬだけの小遣いを入れるのも女。かかぁ殿下どころか大黒柱である。関西に於いて、紀州女は九州女とともに情の深さとたくましさで知られる。ついでに紀州の男はそのような強い女に甘やかされて駄目な男が多いことも。

著者がとりあげる”女しかいない所””済州島の女たちの伝統的な働きぶり”に重なる。

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イスラエル

メルマガ「宮崎正弘国際ニュース・早読み」にイスラエルについての分析の紹介が平沢議員のパーティーの話と共にあった。
詳しくはmelmaの原文を見て欲しい。雑誌「日本文化」(拓殖大学日本文化研究所・展転社)を手に入れなければ。

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