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日本人という意識

私は日本という国が生まれたのは、新羅による朝鮮半島統一により、故郷を失った時だと思っている。
しかし、その後も今来という言葉も、高麗、秦、加羅、新羅、百済などの出身地を示す言葉も残っている。
平安時代は国風文化というが、鬼もいれば、土蜘蛛もいる。蝦夷も俘囚もいる。
土着の敵がいるということは、逆に朝廷側に外来意識があるということだ。
朝鮮半島とのつながりが消え、日本人意識が生まれたのは鎌倉から室町の間のいつかだと思う。
貴族社会から、農民による革命である武士の勃興である鎌倉時代
社会混乱からの脱却のなかで現在につながる室町時代
その流れのなかのどこがターニングポイントになったのかが知りたい。
ミクロな歴史学では日本をとらえているのに
マクロな歴史観では唯物史観から離れられない
平和教育では教えられない歴史が知りたいと思っている。

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朝鮮半島とのつながりと日本人 隅田清次郎残日録さんが「日本人という意識」という興味深い記事を書かれているガウ。ズバリその意識が生まれたのは「新羅による朝鮮半島... [続きを読む]

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