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鯖を読む

郵便受けにデリヘルのチラシが入っていた。
18〜27才くらい迄の女性がいるそうだが、裏面に18〜30才くらいまでの女性募集とある。
3才は”くらい”の範囲だということか
それとも30才くらい迄ということは、30才以上でもOKということで
何歳くらいまでサバをよむものだろう。

しかし、店の人は客が裏をみて、30すぎもいるなとばれるとは思わないのだろうか。
希望年齢は電話で伝えるにしても、信用するなと書いているようなものである。
もしかして、それもデリヘルの醍醐味の一つなのだろうか。

PS
さすがにお縄になりたくないのか、18才に”くらい”はついてない

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空虚な文章

”天木直人・マスメディアの裏を読む”
これは空虚な文章のいい例です。


一つのサブタイトルの下に、互いに関係のない話題が3つも4つも入っていて、最後の全体の総括部分らしき段落はサブタイトルと違う内容になっていることすらある。
各段落は、起承転結ではなく、秀才にありがちな、頭の中でくだくだした説明を抜いているから、起結・起結・起結と並んで読みづらい。
それぞれの短い文章は格好いいが、全体としてまとまらない。
結局なにが云いたいの?

例えば

”日本を覆う閉塞感を打開するのは声をあげることだ”

という一文があるが、その後ろに皆さんどういう声をあげているかの例が一つもない。
この日の結文は

”我々にでもできることはある。勇気をもって権力者の悪事に声をあげることである。
報道をみながら彼らのイカサマを監視する事である。

それは誰にでもできることである。”

と同じ文章の繰り返し。わかったから、その先の進もうよ。
官庁に抗議メールするならHP紹介しなさい。天木さんのblogでみたたんだけどって皆さん書くから。
WORLD PEASE NOWなど、目的にあったHP紹介して、皆でピースウォークしようっていうならそれもいい。
いいHPがないならご自分でHP作って掲示板の意見をまとめて官庁にもってゆきなさい。
それとも、書くだけは書いて格好はつけるけど、具体的な動きがでても責任はとりたくないから、それ以上何も書かないのかな。それって天木さんが”監視”しなさいと書いたマスコミ特にasahi.comが最も得意とするイカサマ手法なのだが。

初めてblogに文章を載せた初心者が書くなら、これからに期待するといって終わりますが、
本を数冊上梓した人がこれでは虚しいだけです。おそらく二度といきません。
皆さんも文章作法の反面教師としてください。
これは私がリンクしている四方山閑話さんのリンクにあったのですが、彼のほうがよっぽどいい文章を書いています。

最後に、実際にペンで飯を食ってきたプロの文章との似て非なる部分を感じてもらいましょう。
サブタイトルと内容に関係がないことは、これだけ毎日繰り返せば彼流の遊びとして成立するし、内容が幾つにも別れようと、きちんとしたサブタイトルが存在しないために責められない。それでいて全体に、テーマによっては数日に渡り、文調に統一性を感じさせる。
どないだす?

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寺社巡り

寺社巡りが好きだが、ちょっと変わった楽しみ方もあるので紹介。
寺社は宗教施設であるだけでなく、軍事的に重要な場所にあったり、軍事施設を滅ぼした後に建てられていることが多い。
わかりやすい例としては先日、久能山東照宮に参拝したが、ここは神社になる前は武田氏の久能城であった。
駿府城との距離からして、格好の支城となりうる。若しくはここで敵を防いでいるうちに海に殿様を逃がす方法もある。
また、宇佐八幡宮は周囲を堀割りし、上宮を本丸とし、椎宮神社などの末社を支城とした城塞とみえる
紀三井寺のある名草山は東照宮のある雑賀山とともに、紀湊に突出した岬である。そもそも、名草という名は滅ぼされた名草一族を想わせる。

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日本人という意識

私は日本という国が生まれたのは、新羅による朝鮮半島統一により、故郷を失った時だと思っている。
しかし、その後も今来という言葉も、高麗、秦、加羅、新羅、百済などの出身地を示す言葉も残っている。
平安時代は国風文化というが、鬼もいれば、土蜘蛛もいる。蝦夷も俘囚もいる。
土着の敵がいるということは、逆に朝廷側に外来意識があるということだ。
朝鮮半島とのつながりが消え、日本人意識が生まれたのは鎌倉から室町の間のいつかだと思う。
貴族社会から、農民による革命である武士の勃興である鎌倉時代
社会混乱からの脱却のなかで現在につながる室町時代
その流れのなかのどこがターニングポイントになったのかが知りたい。
ミクロな歴史学では日本をとらえているのに
マクロな歴史観では唯物史観から離れられない
平和教育では教えられない歴史が知りたいと思っている。

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陰影礼賛

暗い夜道が好きという日記を発見。
あんなの日記」8月8日の”道”
自分を何らかの形で開放する方法を持つことは必要だ
それが闇であることは、病的ではあるが
部屋に引き籠もるのではなく、外に向かっているからいいんじゃないかと思う。

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lovers

久しぶりに大阪にのぼってチャイナセンターで今月公開の「lovers(原題:十面埋伏)」のメイキングDVD「如花」を買う。
ワダエミ氏の衣装がすばらしい。是非本編もみたいものだ。

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中国の反日

私なりの中国観については何度か書き換えながらまとめているが、もう少しお時間をいただきたい
そこで、経過についてうまくまとめている国際派日本人養成講座を紹介しておく
JOG-Mac No.356 作られた「反日」
韓国でもそうだが、国内政争として、若しくは国内問題をそらすため日本が使われている。
現在中国では胡錦涛と江沢民の間で、権力の委譲問題が存在する。
江沢民派がどこにいるか、どういう動きがあれば江沢民に有利か、誰が江沢民に有利な発言を続けているか。
中国は共産主義というより、人治政治、同郷・幇で考えた方がわかる。

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異なる時代

好きな話題なのに観る気がおきない映画が続く。
「トロイ」「キング・ア−サー」
歴史を楽しむことは、異なる時代の倫理観をみることでもある。
男同士の友情が表看板の「イーリアス」は、
戦争をし、新しい奴隷を得ることで成り立つギリシャ社会
交易の主導権争いなどの裏事情を匂わせる物語である。
原作を読むぶんには、やたら多いページを進みながらじっくりと感じる時間はあるが、映画では無理。

アーサー王物語では、グウィネビアは修道女になり、アーサーは3人の王女に導かれてアヴァロンに去る。
弓を持つような魔女がどうやって修道女になれるんだ。

レンタルDVDで出たら改めて考える。

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日本の貴婦人

稲木紫織氏の本を読む。
これに著者も書かれている、白州正子さん、国会議員加藤シヅエさん、ジャーナリストの岸朝子さんなどが登場する続編があればよかった。
気品だけでなく、毅然とした姿勢、可愛らしさ。
外に出して恥ずかしくないように育てる。その様な女性たちが日本に少なくなってきたことを日々感じている。
欧州のレディとは違う、日本独自の女性文化。
女性解放運動家(あえてジェンダー論者とは云わない)は、するしないと、出来る出来ないの差が解っていない。
まっ、解っていてわざとしているのかも知れないが、そこまでは私には解らない。
小さい頃から、女一通りのことが出来ていて、あえてしないのは本人の自由だと思う。
しかし、恋人が出来てから、付け焼き刃で家事を始めたところで、
小さい頃から母親の手伝いをしたり、一人暮らしで一通りのことがこなせる男性に対し
どうやって精神的に優位にたてるのだろう。

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靖国神社

私は小さい頃に曾祖父に連れられて、近所の護国神社にいったことはあるが、
以後、護国神社にも靖国神社にも参拝したことはないし、今後も何か用がなければ境内に足を踏み入れるつもりはない。
戦病死した祖父は爪と髪の入った骨壺が累代の墓の下、祖母の横に安置されているので、祖父の供養はわが一族の墓で行っている。
私は寺社巡りが趣味ではあるが、それは寺社の建立理由や建立場所などの歴史を思わせるからであり
靖国は普通の寺社とは性格が異なっているうえ、まだ日が浅く、歴史とは云えない。

とはいえ、アジア侵略だの韓国併合にからめようとする馬鹿者とは一緒にしてほしくない。
参拝したい人は参拝すればいいと思う。
閣僚人事や選挙がらみでいきなり参拝を始める政治家は軽蔑するが
日頃から参拝している人が、閣僚になったからと中止する理由はないと思う。
ましてや、他人がとやかく云うことじゃない。大使館に抗議するなど頭がおかしいか、目的があっての難癖である。

私見であるが
靖国神社は旧称東京招魂社。明治2年に戊辰戦争時の官軍兵の霊の祭祀を、藩や一族からとりあげ、国によっておこなうことにより
藩兵・私兵の集合であった官軍を精神的にも国軍になおし、日本国という意識を国民に植え付ける目的で作られた。
廃藩置県や廃刀令と同じく、幕藩政治から、帝国に変わるための政策の一つと考えている。
戊辰戦争で斃れた人達を祀るために創建された。という公式HPの文章が嘘なのは
清水における幕府海軍死者や、函館の奥羽列藩同盟軍死者の埋葬が禁止されたことからわかる。
世界中の無名兵士の墓もまた、同じような目的で作られている。
また建議した大村益次郎は合理的すぎるくらい合理的な精神の持ち主である。
朝鮮出兵など、招魂社ができて何年あとの話であろう。征韓論もまだ後の話である。

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月刊中村敦夫新聞

本日届く。
12月でこの新聞も休刊になるという。
この号は選挙の総括をしているが、まだ甘いと思う。
かっての全国区と違って
比例区では、最初の一人を当選させるために必要なハードルはとてつもなく高い。
先年の白川勝彦元議員の選挙結果も、みどりの会議と同じであった。
個人一人か二人が突出した集票力を持つだけでは如何ともしがたい。
かっての参議院は個性の強い無所属議員、党の方針を無視して信念を主張する議員が並んでいたが
何度も彼らに苦汁を飲まされた社民党と自民党の二大政党が協力して作り上げた選挙制度だけのことはある。
第三極を口にする以上、個人で努力することを考えるのではなく
当選するための戦略として、候補者を2-3人に絞り、
社民党や共産党などの既成政党と選挙のための野合をせねばならなかったと思う。
当選後は解散し、それぞれの信念に基づいた活動をするが、選挙の時だけは会派を組む。
第三極が選挙に勝つための手段としてそういう野合が必要なんだ。
個人名で投票してくれれば、自分たちの仲間は当選できる。
そういう主張をきちんとして、選挙にのぞむ覚悟が必要であったと思う。
そのくらいの泥をかぶる覚悟がなくて、日本を動かすことなどできはしない。


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下記に追加して私の見解

ビル・トッテン氏の態度は立派だと思っている。
しかし、意見については反対している。一緒に書くと話がややこしいので、別にした。


この対談で、彼の歴史勉強不足がでた。
彼は、ヨーロッパ・アメリカ合衆国と、アフリカ、東洋という言葉で世界を分割した。
東洋諸国についてあまり勉強していない証拠である。

彼はアフリカ・東洋をだいたい農耕民族が多く、侵略していないといい、バイキングとその子孫の侵略の歴史と対比させた。
アングロ・サクソン・ノルマン系という表現をしてヨーロッパとも白人とも云わない。
彼の中では、ラテン・ケルト・ギリシャ・スラブなどはどう位置づけられているのだろうか。
スラブ・ギリシャは東洋に入れたか。
また、大唐帝国の版図を見たことがないのであろうか。
金も元も清も遊牧民族が南下している。
高句麗も百済も同じで、倭も筑前・日向・越あたりを経由して加羅諸国から遊牧民族が南下した疑いがある。
ベトナムなども、中国から国を追われて南下した王朝が続く。
どこが違うのだろう。
彼はバイキングの侵略理由について一顧だにしていない。
バイキングは本来は地元の産物を船に載せて交易していた連中である。
美髪王などによる北欧の統一戦争のなかで国を追われたところから本格的な他国への侵略が始まる。
余談だがこれは倭寇も同じで、高麗軍を主力とする元寇により人も何もかも失った頃より、交易ではない略奪目的で大規模化する。
彼は千数百年前より沿海州、山東省、日本など広範囲に活動した朝鮮族の歴史について無知である。
朱子学は血縁を重視する。儒教倫理がわかれば、北朝鮮の影響力の及ぶ範囲の大きさがわかろうに。
更に、やたら数字の大きくなる儒教感覚の情報源(友人か)をそのまま鵜呑みにしたあげく、後で数字だけ訂正している。
儒教を持ち上げているが、江戸の日本人が儒教文明化されていないことについては、同時代の朝鮮・清との違いをみればいい。
日本人の儒学好き・儒教倫理嫌いについては、司馬遼太郎氏の本を読めばわかる。史料にだまされたというより、本音と建前の感覚がまだわからないのだろう。
また、恥の感覚について台湾海峡から見たニッポン で酒井亨氏がマレー系の特徴として説明しているが、昔の日本人にもあったように思う。日本は南北両方から人も文化も入ってきている。儒教だけでは説明できない。

現代アメリカの膨張をガン細胞視するのは同意見。
アメリカの際限なき膨張思考については、中国も同様であり、後日国家論として別記する。

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ビル・トッテン氏

ビル・トッテン氏は長年日本に滞在し、日本に適したビジネス展開により成功した人だが、日本の将来についてすばらしい意見をいう人でもある。
最近、ネット上で、北朝鮮についての誤った認識が問題になっていたが
彼流にきちんとけりをつけた。
No.637 ビルと千栄の激辛問答
一部発言だけが勝手に流布されることに対し、発言元の衛星放送番組をあきらかにし、番組制作会社に了解をとりつけ、全文掲載。意見・感想を”メール・ファックスを是非お送り下さい”との対談者の言葉で締めくくる。
asahi.comの高成田氏の誰々の言うとおりにしてみたのに非難されたといったいいわけと比べて、その態度の立派なこと

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8月15日にむけて

新聞各社の紙面で様々な企画が動き出している。
外食先や弁当屋の待合いで読むと、各社の思惑がわかって、興趣深い。
何故、この人に書かせるか。
幾つかのコラムを単独で考えるのではなく、何故これらのことを持ち出すかという編集部の意図を探る。
わざと深読みして、次にでるものを予測する。
ここ名古屋では、中日新聞が時折朝日以上のとんちんかんな記事を載せるが、
その人たちの企画したコラムがもっとふるっていて面白い。
理に訴え情に訴え、最近の国民の風潮を非難したと思うとすぐ媚びた文が挿入される、論点の整理ができずに右往左往、これでは記事と反対の結果にしかならないんじゃないかと思う。
ネット上で再確認できないのが残念だ。

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