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部落差別

私は中学の時に部落差別をしたことがある。罪の意識などひとかけらも無いから平気で書くことにする。
私の家は小学校高学年くらいからやっと人並みの生活ができるようになったが、
中学入学に際し、母親は学生鞄を買う金を惜しんで、曾祖父の通勤鞄で通学できるよう学校と交渉し、華美を避けるという生徒指導の趣旨に沿っていれば学校指定の鞄でなくとも良いと認めさせた。
貧乏故に他人と同じ物が手に入らないことには慣れていたので、私は特に不平も云わずに通学していたが
1年めのある日、私が休憩時間に教室を離れている間に、同じクラスのサッカー部のKは私の鞄を蹴って壊した。
私は抗議し、担任も謝らせようとしたが、彼は私が皆と違う鞄を持ってくることが許せなかった、壊れると思わなかったと云って、渋々壊したことの謝罪を口にした。
差別する側には差別であるつもりは全くなくとも、差別される側、部落出身である彼には耐えられない差別であったらしい。そして教師達が何も云わないで許していることに、抗議行動として、私のいないときにこっそり蹴っていたらしい。
当時は私はこれが同和問題だとは知らず、数日悲嘆に暮れたあと、曾祖父の鞄の中からもう一度もらった。
何十年前のものかはわからないが、本革の通勤鞄は学生鞄とは桁が違う。事故でもなく高価なものを壊しておいて、彼からも親からもその後に弁済の話はでなかった。彼が親に報告したのか。教師が彼の話に納得してそれ以上の処置をしなかったのか。親が彼の話を聞いて部落差別であると感じ、弁済の必要を認めなかったのか。私は知らない。いずれにしろ、私は今でもKは差別を言い訳にするクズだと思っている。


何故この話を書いたかというと、クライン孝子女史の日記よりリンクされたHPの一つに、
親に部落差別のことを聞かなかったから、部落民と親友になれたという経験より、
部落差別をなくすには部落について何も教えないほうがいいという意見をみたからだ。
いじめ問題と混同していないか。部落差別は仲良くすればいいという問題ではない。
高校の時に同和教育に熱心な先生に差別の構造
部落内差別、部落外差別、部落イコール貧しいではないが、貧困からの脱却の困難さ、
江戸幕府の巧みな政策、階層構造、同和対策事業の問題
差別される側の差別に対する敏感さなど教わった。
同情や仲良くすることが解決ではないということで、例としてはちょっと変だが、彼とは正反対のものをあげてみた。

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コメント

ようわからんのだけど どの点で 隅田っちがKさんを差別したの?

投稿: ずず | 7月 28, 2004 21:07

学校指定の鞄ではない鞄を持っていったことが特別扱いとして気に入らなかったとは本人の弁です。Kとは友人でもなく、それ以前もそれ以後も特に話すこともなかったので、本人の云ったこと以外は探りようがないです。
差別はこちらに差別しようという意識がなくとも、される側に差別だという認識があれば成立します。

投稿: 隅田 | 7月 29, 2004 14:37

えっと つまり 自分も 指定外のかばんを持っていきたかったけれど、不許可されたとか そんなことでもあったのかな?(いまだに理解でけん)

投稿: ずず | 8月 05, 2004 07:44

今となっては確かめる術はありませんが、先生に相談すれば私の場合と同じ答えが得られたでしょうし、そんな男ならこっそりと蹴るような真似はしないでしょう。

投稿: 隅田 | 8月 11, 2004 23:54

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