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テリー伊藤という感性

「お笑い日中戦闘宣言」「お笑い日韓決別宣言」を読む。
テリー伊藤氏は優れた知性と理性、感性を持った人だと思う。
対談者選びの妙、突っ込む処とそれ以上突っ込むと危険な処のわきまえ。
愚民の笑いという表題で、他の人にはできない疑問を相手にぶつける。

海峡は越えられるか―日韓歴史論争
これでは困る韓国―ニューカマー韓国人の対話
街道をゆく (40)台湾紀行
日韓理解への道

などと比較すると、その感性の優れた点がひかる


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部落差別

私は中学の時に部落差別をしたことがある。罪の意識などひとかけらも無いから平気で書くことにする。
私の家は小学校高学年くらいからやっと人並みの生活ができるようになったが、
中学入学に際し、母親は学生鞄を買う金を惜しんで、曾祖父の通勤鞄で通学できるよう学校と交渉し、華美を避けるという生徒指導の趣旨に沿っていれば学校指定の鞄でなくとも良いと認めさせた。
貧乏故に他人と同じ物が手に入らないことには慣れていたので、私は特に不平も云わずに通学していたが
1年めのある日、私が休憩時間に教室を離れている間に、同じクラスのサッカー部のKは私の鞄を蹴って壊した。
私は抗議し、担任も謝らせようとしたが、彼は私が皆と違う鞄を持ってくることが許せなかった、壊れると思わなかったと云って、渋々壊したことの謝罪を口にした。
差別する側には差別であるつもりは全くなくとも、差別される側、部落出身である彼には耐えられない差別であったらしい。そして教師達が何も云わないで許していることに、抗議行動として、私のいないときにこっそり蹴っていたらしい。
当時は私はこれが同和問題だとは知らず、数日悲嘆に暮れたあと、曾祖父の鞄の中からもう一度もらった。
何十年前のものかはわからないが、本革の通勤鞄は学生鞄とは桁が違う。事故でもなく高価なものを壊しておいて、彼からも親からもその後に弁済の話はでなかった。彼が親に報告したのか。教師が彼の話に納得してそれ以上の処置をしなかったのか。親が彼の話を聞いて部落差別であると感じ、弁済の必要を認めなかったのか。私は知らない。いずれにしろ、私は今でもKは差別を言い訳にするクズだと思っている。


何故この話を書いたかというと、クライン孝子女史の日記よりリンクされたHPの一つに、
親に部落差別のことを聞かなかったから、部落民と親友になれたという経験より、
部落差別をなくすには部落について何も教えないほうがいいという意見をみたからだ。
いじめ問題と混同していないか。部落差別は仲良くすればいいという問題ではない。
高校の時に同和教育に熱心な先生に差別の構造
部落内差別、部落外差別、部落イコール貧しいではないが、貧困からの脱却の困難さ、
江戸幕府の巧みな政策、階層構造、同和対策事業の問題
差別される側の差別に対する敏感さなど教わった。
同情や仲良くすることが解決ではないということで、例としてはちょっと変だが、彼とは正反対のものをあげてみた。

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地球市民って何?

私は、ヒューマニズムを卒業した人が、人道主義を攻撃するときに「地球市民」を云うのは理解できる。
人間中心ではなく、人間は地球の一生物にすぎないという認識のもと、
全ての生物を市民として扱い、自分たちの幸福追求を制限して共生しようという言葉なら。
しかし、「日本人である前に地球市民である」という言葉にはとても違和感を憶える。
何を云いたいのだろう。
日本国籍をとり、日本国籍を持つ利益を受益している認識がないのだろうか。
日本人としての利益を拒否した上の言葉なら納得できるが、
妙に驕り高ぶった表現だとしか感じられない。

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百人斬訴訟

恥知らずどもが訴えられた裁判の第6回公判が開かれた由。
言い争う理由が理解できない。何故、被告たちはすみませんと云えないのか。
本多勝一の本はR15かR12に指定したうえで、一度は読むことをお勧めする。
論理学のいい教科書である。
論理の破綻をきちんとみつけて自分なりに論破、否定することにより、人間の成長をうながす。
あまり若いと、そのまま鵜呑みにしてしまうので、読む人の成長にあわせて読む本だと思う。

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雑多さの必要性

参院選で私はみどりの会議に投票した。また、増元照明氏と鈴木宗男氏の当選を祈っていた。
選挙区で民主党候補に投票した私が云うのも変だが
今回の民主党の躍進の裏で、かってのおたかさん旋風を思わせるきなくさい動きがある。
おたかさん旋風が、日本社会党の市民政党への推進力にならずに
逆に彼女を党首から議長へと追いやったように
民主党の躍進は、数年以内に政権交代を起こさないと、
野党第一党としての傲慢な行動(野党ずれ)と党内抗争を起こしかねない。
私としては第三極として、強烈な個性を持った議員達が国会を引っかき回すことで、民主党に危機感と緊張感を持たせたかった。
投票した候補者が当選しても、トータルとして今回の選挙は残念な結果だと思う。

そんな中で、うれしいニュースは萩原健司氏の当選である。
若い頃より世界中を跳び回り、世界中の人間と競い、友情を育んできた氏は得難い外交官候補だと思う。
外国語を話せることや、相手の意を汲むことにたけること(太いパイプを持つという言葉の裏の意味)が外交官として重要なのではない、世界中の人間に尊敬を持って接してもらえる毅然とした態度と実績のほうが大切だ。
彼にはスポーツに限定せずに、世界を舞台に活躍して欲しい。

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my韓流

金素雲「ネギをうえた人」、「朝鮮童謡選
金達寿「日韓理解への道」「日本の中の朝鮮文化
呉 善花 、崔 吉城 「これでは困る韓国―ニューカマー韓国人の対話
マルセ太郎「奇病の人
松田優作「探偵物語
力道山
ハン・ワールド
高槻むくげの会
趙義成の朝鮮語研究室

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運・不運

不憫という言葉はこの国ではとうに絶滅してしまったが
不運という言葉も最近耳にしない
私は普通じゃない職場にいるので、運・不運、紙一重といいたくなることによく出会う
”人事を尽くして天命を待つ”の変法として
”やれるだけのことはしました、後はこの仔の運と生命力次第”というしかないということがマ々あるし
逆に殺虫剤の誤飲で、普通なら絶対助からないところだが、偶然にも無害な種類の殺虫剤だったというようなこともある
また、人のすることの限界を超えているために、ある部分切り捨てることで最善をつくす、後での批判無用、運・不運とするしかない。ということもある
お医者さんだと例えば下記のようなものがあると思う
http://www.onh.go.jp/seisaku/disaster/triage.html
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/iryoseibi/fujimi/dmta.triage.htm
動物の場合は例えば、飼い主さんの考え方や経済的理由よって、治療より安楽死を選ばれる場合もある
ちなみに”可哀相”という言葉は、愛情表現としてではなく、自分の後ろめたさをごまかす場合に連発されることが多い


ps.
東郷平八郎が上官を降格させてまで元帥となった理由が秀才でも胆力があることでもなく、
”彼は運がいい”ということだったということはすごいことだ
岡田氏は運がいいのだろうか、そして民主党は岡田氏の運以外の武運について万全の体制をとっているのだろうか
地方区は民主党を応援するが、比例区はとてもそう思えないので、みどりの会議に票を入れることにしている
社民党ではなく中村氏が第3極を主張するところに、社民党の凋落ぶりが伺えるが
今の2大政党の状態では、共産党ではない第3極は必要だと思う


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ご挨拶

今度、gaiax.comより引っ越してまいりました
隅田清次郎と申すおっさんです
宜しくお引き立てをお願いします

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